目覚めよ!

文明批判と美と心の探求と

さう日本社會はむしろ「構造的」にダメなんだーさう「ちっこい」日本人の認識は多分寿命が短いのでは?ー

何でまたみんなは「2200年頃迄フツーに文明が続く」とさう思い込んでるの?

 

 

 

 

 

日本円の購買力が過去最低、日本経済の構造的課題が浮き彫りに

「安定志向」が正解になった日本社会の構造的欠陥

 

共に重要な記事です。

日本人は所謂「世間體」を中心に価値観を組み上げるので「世間とは異なる価値観」を理解し得ずつまりは社會的な価値をなかなか變えられぬ。

 

但し「鎖國」なら鎖國、「富國強兵」なら富國強兵、また「髙度経済成長」なら髙度経済成長でつまりが御上が決めた価値に對してはほぼ盲目的に従う。

でもたとえばジミントー壱強體制ならばソノジミントー壱強體制がズルズルと続くのだった。

 

でもって新人類世代(Z世代)はヤル氣がそも無く故に日本國の國力は下がるとのことですがソレは半分正解で半分は間違いでせう。

ナゼナラ日本國の國力を下げ続けて來しのは主にジミントー政権の失策によるものだ。

 

よってコノ政党コソがつぶれて然るべきなのにあらうことか左翼勢力がつぶれちゃった。

なのでほぼ「詰み」の状況なのですぜ。

 

後はサナエちゃんによる「特攻」が果たしてどんな形でもって我我民百姓に突き付けられるか、ダケだ。

まあZ世代もまたニューゼロ戦にでも乗り中國への「特攻」をば強いられやう。(無論のこと徴兵制も復活致さう)

 

さう兎に角日本社會は元元ヤバい。

ヤバいのですが誰もヤバいとは言わぬのでイイ社會に壱見観えて居たダケの御話です。

 

 

―親の世代の意識を変えることは可能でしょうか。また、親が変われば、社会も変わるとお考えになりますか。

山田 変わるかもしれませんが、社会を変えるより親の意識を変えるほうが難しいかもしれません。私自身は、社会システムや制度を変えていくほうが先だと思っています。

例えば今なお根強く残る年功序列や終身雇用といった制度、そうした社会システムが人々の安定志向を許してしまっています。大学在学中に日本を飛び出して世界を放浪するより、安定志向で着実に単位を取って卒業し、着実に就職したほうが、一生安定した収入を得ることができる。日本はまだまだそうした社会システムで成り立っています。

安定を求めていたら生きていけない。そうした状況にならない限り、人々の意識は変わらないでしょう。それは社会学の基本的な立場でもあります。

「安定志向」が正解になった日本社会の構造的欠陥より

 

ソノ人生に「安心と安定」とを求めるのは、

 

1.基本的に髙知能で

2.基本的に自立性を欠き

3.基本的に穏やかな

 

とのホモ・サピエンスとしての型としての特微でせう。

またココ日本は基本的に所謂島國根性でもって価値の選択肢に多様性が欠け易い。

 

ですのでモロに価値観が壱元化して仕舞う。

尤も封建時代迄はむしろソレで良かったが現代國際世界(グローバル世界)でもソレを押し通すことでソノ單壱的な価値観自體が突出し浮いて仕舞う。

 

 

波風を立てずに衰退を選択する日本人

—山田先生のご著書『希望格差社会、それから』では、日本には社会構造を変えたくないという一種の「慣性の法則」が働いていると述べられています。令和の今もなお、その状況は変わっていないように感じますが、いかがでしょう。

山田 そうですね。社会システムを変えようという意志そのものが、まず日本社会からは生まれません。平成だけでなく令和も、もっと言えば江戸時代や戦前もそうだったわけで、新しい状況に適応するために何かを変えるということは、日本社会にとって非常に難しい。それは日本人的な特性によるものかもしれませんし、今までの成功体験に縛られがちということなのかもしれません。

「安定志向」が正解になった日本社会の構造的欠陥より

国民全体が「幸せな衰退」を選択している

—社会システムが変わらないのは、それが政治家や官僚にとって都合がいいからということなのでしょうか。

山田 都合がいいというより、そのほうが文句を言われないからだと思います。私はさまざまな公職に就く中で、政府や官僚に数多く提言をしてきましたが、政策は基本的に変わりません。今までの政策の延長線上のことしかしません、というより、できないのかもしれない。制度やシステムを変えることで文句を言われたくないという思考や行動様式が染みついているんでしょう。それは日本国民全体が安定志向だからです。

世間体を重んじ、横並びに安心する。一方で自分だけが集団から外れ、世間の矢面に立つようなことはしたくない。そうなるくらいなら、このまま日本が衰退しても構わない。こういう考えは、若者に限らないのではないでしょうか。日本国民全体がそれを選択しているという捉え方もできると思います。

「安定志向」が正解になった日本社会の構造的欠陥より

 

さう日本人の考え方、価値観のあり方は結局「ちっこい」んだ。

さうそも視野が狹いので兎に角安心し安定して居たい。

 

だけれども世界はまた広い。

世界は神道と佛教ダケではまさか回って居らぬ。

 

ダカラボク宗教詩人は積極的にクリスト教のことをあえて御勉強した。

 

でも世界の方迄認識を広めないと結果日本人は「自ら國を滅ぼす」やうに「世間體」を中心に価値観を組み上げやう。

さうじゃねえオラアたとえ村八分にならうが「特攻」なんぞ決してするもんか!

 

いやだアノ人ったら變わってるわ。

バ力單におめえが洗脳されとるんだわ。

 

「希望格差社會」

 

アッハッハ、まさに迎る通りです。

言わば自ら進んでさうビンボー化す。

 

「希望全體主義社會」

 

オッホッホ、言わば自ら進んでさうサナエちゃん化す。

 

兎に角さう日本人の価値観は独特で宜つ特異なものだ。

でも自分等はソレで至極眞っ當だとさう信じ込んで御座るので大層御目出度い。

 

つまりが「東亞の利口バ力」の人達なんだな。

だがあくまで本質的には日本人の心のあり方が惡いのではなく拘り続けるソノ社會性の部分コソが惡なのですぞ。

 

 

「若者よ、自己中であれ!」養老孟司氏が若者に伝えたい将来設計のコツ

 

でもって新人類世代(Z世代)はソノ「自己中」で生きられて居るかと言えばおそらくさうでは無い。

新人類世代(Z世代)もまた「世間體」を中心に価値観を組み上げるので結果としてサナエちゃんの軍國主義コソが勝利す。

 

ですので養老先生によるココでの御指摘は最重要課題となる。

つまりは価値観の上での自立性を鍛練せずば今後に於ける激動の現代世界を生き抜いてはいけぬ。

 

ですがソノ激動の現代世界を生き抜く前にスデに近代社會としてヘタリ切ったと云うのがこんな日本社會としての實相だらう。

 

 

学生時代から社会的な評価を求めて行動するのはやめた方がいい。若いうちは、他人の役に立つことなど考えない方がいいのです。今の世の中のニーズはその時代限りのニーズでしかないからです。「若者よ、自己中であれ!」養老孟司氏が若者に伝えたい将来設計のコツより

 

ソノ社會的評価=世間體コソが日本人の認識上の基軸となることコソが問題なのだ。=全體主義に陥り易いコト

故にそれこそ金さえ有れば社會的評価=世間體を全て捨て去りたとえば世界へと放浪の旅へ出ても良いのだから。

 

ま、ソノ種の人は確かに昔も今も居られます。

またコノ種の人は大抵の場合日本人離れした価値観の持ち主が多い。

 

ああワタシ?

ワタシはこんなか弱いニンゲンですのでそんな世界の放浪などはまるでやれやせん。

 

でも生まれついての詩人であり哲學者なのでソノ価値観がだいぶん「變態」なダケだ。

 

 

――これから社会人になる若者が、心得として持っておくべきものは何でしょうか。

 ちょっと話が大きくなりますが、もうすぐ世の中が思い切り変わるだろうという意識は常に持っておく方がいいと思います。

 今、地球は500年続く変動期に入っていると地質学者は言ってます。地震があり、噴火があり、気候変動がある。

 政府の地震調査委員会は今後30年の間に南海トラフ地震が起こる確率を60~90%としています。地震学者の尾池和夫教授は南海トラフ地震の発生年を2038年ごろと予測しています。

 地震がいつ来るかには議論がありますが、いつか分からないだけで「来るに決まっている」と言うしかない。

 それも遠い将来ではない。そうなると「息子・娘を入れたい会社」がどうなるのか分かったものではありません。会社が残るかどうかも分からず、日常生活を維持するのも大変な事態になる。そんなときにいい会社かどうかなんて、意味がないのです。

 つまり、今の社会と生活が維持される前提で将来を考えることをやめた方がいいのです。

 かといって天災におびえて日常生活を妨害されるようではいけない。むしろ、日々体を鍛えることで、住む環境や世界が変わっても驚かない訓練をした方がいいでしょう。「若者よ、自己中であれ!」養老孟司氏が若者に伝えたい将来設計のコツより

 

養老先生が仰ることで最も重要なことはコチラのことだらう。

養老先生は偉い医者で宜つベストセラー作家様ですが實はワタシと同じくアスペルガーちゃんです。

 

ソノアスペルガーちゃんに限り所謂「カンが良い」訳だ。

しかも養老先生とワタシは髙知能型でのアスペルガーちゃんなんだ。

 

故に先生が仰ることはまさに「身につまされる」が如くに良く分る。

 

でもってココ「目覚めよ!」でもまたかっては大災害関連での記事が事實多く有った。

ソノ「天災」と地球の破壊とにより結局2100年頃迄に現代文明は滅ぶ。

 

ソノ後百年程は血みどろの生存競争により食糧と女、また金塊などの奪い合いとなり要するにニンゲンは原始人化す。

するとソコに「神」が降り立ちでもソレは八百万の神でもまた佛でも無いんだ残念ながらさうなる。

 

なので神道と佛教はほぼ2100年頃迄のものだろ。

 

ではソノ「ハルマゲドン」後の人類は「神の國」に入り救われるのですね?

いいえまるで助かりません。

 

結果人類は大體2200年頃迄にコノ地球上から消え去りませう。

ですがソレが百年分位前後にズレる可能性はしかと御座ります。

 

でもワタシが今言いたいコトはそんな「人類滅亡」のことには非ず。

ズバリソレは「何でまた凡人は2200年頃迄フツーに文明が続く」と思い込んでる?

 

とのコトなのです。

 

ですので養老先生とワタシは逆に「文明崩壊」を前提として価値観を組み上げるが故に文明社會ソノモノを信じて居らず故に現行の文明世界に於ける価値構築のあり方に對しほぼ否定的です。

兎に角さう大きく文明世界は今後揺さぶられていく。

 

逆に申せば「現行の文明世界に於ける価値構築のあり方」はソノ時にまるで役立たん。

むしろ役立つのはズバリ體力であり価値観としての多元化の部分なのではなからうか。

 

尤も養老先生もワタシもいずれ死んでもう何も言わなくなるのでコノ考えが役立つかどうかは今のところまるで分りません。