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「ボブ・ディラン」と「GARO」とロッテのガム「イヴ」とーそんな「反骨」と「意識の高さ」とが共存して居たかの70年代前半のことー

ボブ・ディラン」と「GARO」とロッテのガム「イヴ」とーそんな「反骨」と「意識の高さ」とが共存して居たかの70年代前半のことー

 

 

 

 

あの香水ガムが29年ぶりに復活!!(*1)キンモクセイの華やかな香りが広がる「イブ」、爽やかなレモンの香りとパワフルな酸味が楽しめる「クイッククエンチ-Cガム」2024年8月20日(火)発売 | 株式会社ロッテのプレスリリース

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懐かしすぎ!ロッテの香水ガムが29年ぶりに復活って知ってた?イブの味と販売店を徹底調査|Haute-Jewel(オートジュエル)

 

ドラッグスギヤマにてたまたまみつけたロッテのガム「イヴ」。

昨日早速嚙んでみるとまさに香水の香りがした。

 

だが参拾年前のソレとは違う気もする。

さう「過去」は決して復刻し得ず。

 

何故ならまさにソレは實存なのだから。

基本的に實存は不回帰のものとなる。

 

だが強く香るガムであることには變わりがない。

本日はソレをまた弐つ求めて來た。

 

昭和の時代を知る掃除と弁當配達の婆様(ワタシよりは年下ながら)共にあげる為に。

 

 

<韓国版イブローズガム>

 

結果自分用にとアマゾンでコレを求める。

何せワタシはソノバラの香りが大好きなので。

 

「イヴ」にもバラの香りが入るが基本ソレはキンモクセイの香りのガムとなる。

ソレは華やかで強く香る類のものとなりつまりは主張が強い。

 

さてもワタシは主張の強いハッキリしたものが好きで主張の弱いものを好まず。

まるでアノ印度の御香のやうに。

 

 

GARO 地球はメリーゴーランド

ガロ、マークさん!学生街の喫茶店、君の誕生日、ロマンス 五反田ロッキー 2014.3.13

 

「イヴ」が売り出された七拾年代初頭にはココ日本にも新たな価値感が生み出されつつあった。

犬もかの六拾年代にはインテリ學生が頑張り社會を革命しやうとして居たが結果日本國は變化し得ずソノ代わりに文化的な意味での多様性が生まれ「ガロ」的な意識の高い洋モノ指向文化が根付くこととなる。

 

されど社會に反抗しつつ己が価値感を生きるとの気風が今よりも強くあったことだらう。

だが別に「ガロ」が革命ソングを唄って居たのではなくさう「浪慢」だの「愛」だの「メリーゴーランド」などのことを唄っておった。

 

ロッテのガム「イヴ」はまさにさうした「新しい価値感を生きる」日本人の為のアイテムであったやうにも思う。

故に今思えば可成に「意識の高い」品であった。

 

さう経済の高度成長を為し逐げ「意識が高い」筈の日本國ではやかて彼田中 角榮による田舎風金権政治が行われるに到りむしろ「意識の高い」価値感が全滅するに到る。

左様に田舎者が立身出世金まみれ主義にてトーキョーへ出て何かをやるとロクなことにならん。

 

反體制=ボブ・ディラン

近代的合理精神

 

當時は兎に角さうした「意識の高い」価値感が前近代的でもって土着的な日本的風土と反目しつつもせめぎ合って居たのだった。

個人的に七拾年代はそんな反抗の果てに辿り着いた「浪慢」の時代だったやうに思う。

 

ソノ1973年の頃にワタシは井上 陽水のフォークソングにかじり付いて居た。

井上 陽水氏の曲のみが神だとさう信じて疑わなんだものだ。

 

しかし翌年より洋樂へと移行し主に眞面目なビートルズを聴き込んだ。

ボブ・ディランの場合は聴いてもまるで訳が分らずむしろ還暦以降にコダワリました。

 

ボブ・ディランの曲の反骨度はさう可成に難解で宜つ本物です。

 

ベストオブボブディラン-ボブディラングレイテストヒッツ-ボブディランベストソングプレイリスト

ともあれ彼ボブ・ディランはハナから世間をバカにして居るのではないか!

 

まあソレもかのべートーヴェンは明らかに市民革命派でしたのですがボブ・ディランはナニ主義者なのか良く分らん。

 

それと「イヴ」には例えば「ルパン参世」的な雰囲気がまたある。

さうルパン参世的な日本社會の封建性を超越することだらう何かが。

 

思想的反社會性=ボブ・ディラン

 

なのだらうか?

 

さて半世紀も前にGAROが唄いしやうに「地球はメリーゴーランド」なのであらうや?

否たった今「地球は温暖化の牢獄」であり「合理化の肥え溜め」化しておるやうな気がしてならぬ。

 

即ちさうディストピア化しつつある。

逆を申さばもはやどんな「浪慢」もココには無い。

 

さう浪慢と云う浪慢を根こそぎ奪いつつ歩むのがまさに現行文明の方向性ぞ。

嗚呼願わくば神よ佛よ、コノシヴィアに過ぎる現代社會にどうか壱服の淸涼剤をこそ与え給え。

 

とどのつまりが、まさか

 

「地球はメリーゴーランド」

 

なんかじゃねえ。

 

じゃあ、ズバリ

 

「地球は生き地獄」

 

なんですね。

 

 

さうだねなんかかう窮屈と申しますか兎に角余裕が無え。

おおまさにソノ余裕の無さコソが近現代と云う時代の持つ病根でせう。

 

故に、

 

「地球はメリーゴーランド」

 

だ。

 

とさう自分で決めて仕舞おう。

 

たとえ社會がどうあらうが、兎に角

 

「地球はメリーゴーランド」

 

なんだから。

 

 

地球はメリー・ゴーランド

 

まわる まわるよ
僕らを乗せながら
まわる まわるよ
地球はメリー・ゴーランド
哀しみ歓び
すべて乗せてゆくよ
ラーラララ ララララー
明日も
ラーラララ ララララー
愉しくまわるよ

まわる まわるよ
あなたを乗せながら
まわる まわるよ
地球はメリー・ゴーランド
命と愛とを
今日も乗せてゆくよ
ラーラララ ララララー
明日も
ラーラララ ララララー
明るくまわるよ

ラーラララ……

 

地球はメリーゴーランド - ガロ 歌詞より

 

ちなみに香水ガムをしかと噛み味わうこともまた生きる余裕のうちのことだ。

ソノ様に自己本位に価値を組み上げる方が現代人に取り良い生涯が送れることとなりませう。