「資本の論理」による洗脳の様に就いてー皆に良心がまだ残って居るのなら「資本主義の理不尽」に對し✖を突き付けてやらんでどうする?ー
「悲惨なほどの格差」「ボロボロの地球環境」…「資本主義の理不尽」に、何故みんな怒らないのか? 経済思想家・斎藤幸平氏に聞く (msn.com)
そも其の「資本主義の理不尽」に對し何故みんなは怒らないのか?
其の答えはすでに「洗脳」が根深く進んで居るからだ。
どだい其の「資本主義」の批判者であるマルクス主義者の斎藤先生にせよまた自称詩人にせよ實はドップリと其の「資本の論理」にすでに浸り切って居る。
自分の場合はそんな卑しい物コレクターなのだし斎藤先生の場合でも大學にて高給を貰いまた本も売れるから金がドンドン入って來る。
まあ然し自分の場合よりは斎藤先生の方が遥かに偉い。
さうしてマルクスの考えを現代日本社會に蘇らせやうと兎に角御尽力されて居やう。
でも自分の場合は毎日万年筆や石と戯れ遊んで居るばかりです。
いや其れでも此処に限ればすでに長年に亘り色んなことを言うて参りました。
言うては來ましたがすでに年寄り化してそんな「革命力」の類がなかなか涌いて参りません。
ですが、矢張り自分には「責任」のかけらがあるものと思われる。
其れも元社會科講師でありまた「共感覚」能力の保持者としての人類に對する責任がしかとある。
ですがもう遊ばせて下され。
例えば昨日今日と御天気が良く主に石を眺めて居たが其れが物凄く樂しかった。
其の石も結局は「商品」ながら考えてみれば自分で拾って來た石に限れば其れは売る気が無い限り商品化されない。
確かに資本主義の御陰でさうして多くの石を集めることが出来た。
だけれども常にゴチャゴチャと数が多過ぎる気がまたせぬでも無い。
ところが石が少な過ぎると「良い」石もまた出ては來ない。
しかしながら拾って來た石でもまたゴチャゴチャと数が多過ぎる気がまたせぬでも無い。
と云うことはたとえ経済體制が共産化されたにせよ決して石や万年筆の数が減る訳では無い。
むしろ其の「小の価値」の部分は余り関係が無く所謂強欲な「資本の論理」が其処ではシフトされるだけのことなのだらう。
また所謂富裕層側、さらに超富裕層側の税負担率などが重くなるばかりなので元元金の無い庶民はむしろ経済體制が共産化されることの方がメリットは大きい筈だ。
但し斎藤先生が上の記事にて述べられて居るやうに「ソヴィエト連邦型の國家資本主義」は眞の意味での社會主義體制では無かった訳だ。
また現在の中華人民共和國の共産党壱党独裁にせよ其れが眞の意味での社會主義體制なのだとは言い難いことだらう。
其の斎藤先生は以前から「地球を壊さないマルクス主義としての考え方」に就き述べて來て居られ自分の場合はほぼ全面的に其の御考えの部分を支持させて頂いて來た。
結局「資本主義の暴走」が此の世界を根本より蝕んで來たことだけは確かなことだ。
で、資本主義があって確かにみんなは豊かになり便利な世の中にはなった。
だけれどもふと気付くと自分の周り即ち家の中に要らんもんがしこたま溜まりすでに「肥溜め」状態なのだった。
つまるところ資本主義の最終目的こそが其の「個に取っての肥溜め落ち」なのだ。
「個に取っての肥溜め落ち」を成し遂げてこそ其の腹の出た資本家共はより肥え太り美人の妾さえ囲うことが出来る。
だがほんたうに肥溜めに落ちるべき人間とはまさに其のまるで豚の如き資本家共のことだ。
御前たちを壱列に並べデカい肥溜めへと次次と落としてやる!
でもそんなデカい肥溜めは何処にもありませんのですが。
バカ、お前等洗脳庶民が此れから其れを造るのだ、其れも百米位の物を造り其処に下水を引き汚水を流し込む。
其の作業に此れよりすぐさまかかれ!!
「資本の論理」の問題点
1.不平等性の担保ー格差化の是認ー
2.限度無き商品化
3.環境破壊の増大
資本主義は「正しい」とさう思い込んで居る人が多分此処日本には七、八割方居るものと思う。
だがこと理性的に捉える限りは「資本主義」こそがまさに👿でありあらゆる大問題の発生源ですらある。
特に2.と3.の面はほとんど最惡の社會的価値としての履行のことだ。
また其れはあくまで社會的価値なんで我我個は逆らえない。
4.逆らうと給料が出ない
5.逆らうと左翼過激派としてマークされる
6.逆らうと父ちゃん、母ちゃん、さらに恋人が泣きまた子供でも居れば其の子が村八分となる。
だからまるで逆らえない。
なのでかって逆らったのは世界中何処でも👪の居ない大學生だけだった。
後逆らう奴は左翼作家や左翼詩人、さらにマルクス主義者の大學の先生などに限られやう。
尤も自分は「社會主義革命」をやると同時に「政党政治」を止めた方が良いと考えるのでつまりはマルクス主義者以上の革新的過激派なのだ。
ですがつまり「さうなればいいのになあ」との理想論者であり其れはもしやアノ世で神や佛がさうして下さるのではないかとさうも思うのです。
いずれにせよまずは其の「資本の論理」こそが「惡」であり「破壊者」である旨を日本人はしかと勉強し其の所謂「常識」としての世のあり方に疑問を持つことから始めねばむしろ何も変わりはせぬ。
また4.の部分が實は壱番キツイ。
どだいボーナスが無いと物凄く金銭的なやりくりが苦しくなる。
其れもこんな物欲詩人の如くについ色んな物を買っちゃう人間はもう兎に角毎月の金のやりくりが苦しいがでも其れも中小企業並みに苦しい訳では無い。
要するに金が無いのに買っちゃうバカが悪いだけの話なのだ。
でも其れもあんな太宰みたくさんざん散財する訳では無くまた酒などは決して飲まない。
しかも女にももう廿年以上触って居ない。
「貧富の格差」「過労死」「環境破壊」…それでも私たちが資本主義をやめられない驚愕の理由 (msn.com)
「資本の論理」の本質的性質とは「限定ー限度ーの解除」にこそある。
其れ即ち限定ー限度ーを解除するからこそ「発展」ー進歩ーが可能となる。
だがあくまで哲學的には現存在はむしろ限定されし現象であるに過ぎない。
其の限定とは具象的にはあくまで人間が動物であるに過ぎぬので元來さうならざるを得ない。
ところが近代以降現存在はむしろ全能性ー神の領域ーを目指し突き進んで來た。
要するに何時の間にか其の抽象領域に於いて人類は自身を神化したのである。
だけれども其の「神」とは所詮「偽の神」でありつまりは嘘の神なのだ。
であるからこそ其の嘘の神のやること為すことが全て裏目に出て逆に文明を追い込むに及ぶ。
我我現代人はすでに其の「惡」の履行者としての「偽の神」になり切ってさえ居る。
其処で望むものは「資本の論理」のさらなる拡張と「宇宙の支配」のみ。
即ち其の「宇宙」さえをも商品化して御座る。
左様に兎に角何でも商品化する。
商品化し其れを売り捌くことで兎に角より儲けたい。
もはや其れを欲しがる人などはまず居ないであらうに。
7.「資本の論理」による人間の奴隷化
8.格差社會の實現
9.地球の破壊
さうして人間を奴隷化する社會では兎に角搾取が横行する。
其の人間の奴隷化の上での最大の搾取こそが「価値観としての個の洗脳」だ。
でもってしてまともな人=「良心の持ち主」以外は皆が其の「資本の論理」の奴隷とならざるを得ない。
また其の資本主義下での「格差社會」では経済的能力こそが正の価値ヒエラルキーを構成する。
即ち経済的能力が無いか又は其れが落ちた人間は動物以下である。
何故なら動物には値が付くが人間の場合大っぴらには売買出来ぬので例えば引き籠り人間などはまさに其の動物以下の動物である。
勿論資本主義は石なども全て商品化し其れが売買される。
だが其れは本來地球の内容物なのでお前等資本家の私有物なのではまさか無い。
最も悲しいことが其の「資本の論理」は公共財としての水や空気、さらに森や川や山や海をも私有物だと勘違いして仕舞う点にこそある。
でもって例えば百億、千億を持てば水や空気、さらに森や川や山や海を「買える」とさう思っていやあがるのだ、此の馬鹿等めが!!
事實上は他ならぬ其の「資本の論理」により地球は蹂躙され人人は資本の奴隷化されるに及んだ。
さう奴隷化されて置かぬと「金が無い」こととなるので其の「はした金」を得んが為に毎日皆は心を👹にしつつ會社へ行く。
ーわれわれ自身、自分そのものが、すでに資本主義によって取り込まれ、その破壊的作用を受け、身も心も資本主義のシステムに適した存在であるべく変容させられているのだとすれば、どうだろう。ー「貧富の格差」「過労死」「環境破壊」…それでも私たちが資本主義をやめられない驚愕の理由 (msn.com)より
ーわれわれの意識や感性、感覚、価値観、思考といった、普通われわれ一人一人が「自分のもの」であると信じて疑わないもののなかに、資本主義のロジックがどのように入り込んでいるのか、あるいはもっと言えば、それらを資本主義のロジックが形づくりさえしているのか、われわれ自身のなかで資本主義がどう深化しているのか──それをマルクスの理論を通じて検証することを通じて、マルクスの理論の最も重要な部分の理解を可能にすることを、本書では目指すのである。ー
「貧富の格差」「過労死」「環境破壊」…それでも私たちが資本主義をやめられない驚愕の理由 (msn.com)より
要するに我我自身がすでに「資本の論理」に洗脳され其れに操られて居る可能性が高くある。
また我が屡攻撃して來た「進歩」の概念なるものにもまた洗脳され其れに操られて居る可能性が高くある。
またわたくしの場合はさう云う「洗脳」のことを「全體主義」であるとさう断じて來たのであった。
いずれにせよかうして其の惡逆非道な「資本の論理」と闘って居られるのはまさか自然科学者では無く其の人文系の社會學の先生方に限られる。
まさに其の意味で「人文、社會學」は文明に取り最も大事な學問領域だとさう述べて來たのである。
さうしてまずは「會社へ行き儲けることが大事だ」との「常識」があるが其れがそも大間違いだ。
例えば引き籠りとなり生活保護を受け其れで生きて行けるのであればむしろそちらの方が正解だらう。
ーこれらの事態は、「こうした物、事柄は、商品であるべきでない」と感じる従来共有されてきた社会的モラル感情を逆撫でし、葛藤を引き起こす。
そして、1980年代以降世界的に進展してきた新自由主義化の波は、万物の商品化の激烈な進展と同義であった。
その最も見やすい例が公営事業の民営化だ。
生活必需品・根幹的な住民サービスを供給する主体は営利企業であるべきでないという考えが退けられ、各国で多くの国営・公営事業が民営化されてきた。
またそのとき、その事業体が株式会社化されることにより、事業体そのものも商品化された。
この民営化の波に聖域はなく、軍事までもが民営化されつつある。現代の戦争において、民間軍事会社の活動に注目が集まっているのはそのためだ。ー「貧困女性の子宮」「軍事サービス」…何もかも「商品」にしてしまう資本主義の果てしない恐怖 (msn.com)より
結局其の政治上の「新自由主義化」の波こそが「資本の論理のさらなる合理化=徹底化」なのだった。
だが其の「新自由主義化」は逆に日本の社會を壊して行くに及ぶ。
なんとなれば其れ以前の日本社會はむしろ「健全」だったのだから。
だが「新自由主義化」と云う資本主義の最終進歩に合わせむしろ「資本の論理」が世界を破壊し始めて行くのである。
公的領域=コモンの領域をさうして金儲けの道具にすれば全てが壊されて行くのは實は中学生レヴェルでの社會科の課題である。
ところがお偉い経済学者の面面を始め「資本の論理」に洗脳されし者共が何を思ったか行ってはイカン方向へと舵を切っちゃった。
ひろゆきが「小さな企業で苦労するより、まずは大企業に入ったほうがいい」という理由 (msn.com)
其の意味では此処でひろゆき氏が述べて居ることなどは何よりオカシイ。
何故なら大企業へ入ると貰えるボーナスだけは良くなるがより洗脳度が高くなるので最終的に彼は将來様様な「禁断症状」に苦しむこととなる。
尚2050年辺りから「資本主義の崩壊」はおそらく加速度的に進んで行くことだらう。
何故なら「気候変動」の影響がより顕著になり「資本の論理」に歯止めをかけるであらうからなのだ。
其のやうに文明と人類の行く末のことを大きく見詰める限りは「資本の論理」に反對し其れをコキ下ろすことの方がまだしも良心が為すべき作業であるやうに此のところ思えて來てならない。