かうして赤い味噌煮込みおでんを食し且つ赤いパイロクスマンガン鉱を眺めるだけの師走の日日+「本末転倒」での文明の価値観の成就への批判
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先にも申したやうに今60代、70代の人人は今80代以降の人人とは食生活がそも違うのでなかなか80歳迄は生きられない。
だからなるべく今やりたいことをしかとして置くべきです。
其れと社會が齎すストレスの質がそも異なるから戦中世代が戦後世代よりも辛かったとは必ずしも断定することは出来ない。
逆に現存在の生存に取り余分なストレスを与えて来て居るのがまさに此の現代社會なのだと申せませう。
昔此のドラマなども視ましたが其の志垣氏の演技が兎に角良かったです。
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息子さんがまたこんなイケメンー!
さて本日の御題はズバリ「味噌煮込みおでん」との格闘の顛末記です。
1.TOMOCHANー實は高山出身の従妹ーの赤味噌汁
2.紀文の「名古屋風味噌煮込みおでん」
壱週間程前に其の従妹より此の弐品を頂いた。
でもって、まずは1.の方がほぼ完全に名古屋赤味噌料理の域に達して居た。
即ちもう参拾年以上名古屋に住み赤味噌汁を従弟や子に對し作り続けて来た彼女だけのことはある。
兎に角其の鍋壱杯の赤味噌汁は翌日にはもう無くなって居た。
要するに母と壱諸に全部食っちまったのだった。
では其れの何が良いか?
無論のこと赤味噌としての出来もまた良いが壱番良いのは、
「牛蒡」と「里芋」が其処にタップリ入れてあったことである。
即ち赤味噌汁には此の弐品の食材が最高に合うのである。
また要するにわたくしの好きな物が其の「牛蒡」と「里芋」なのだ。
うーん、此れにはもう『95点』が与えられやう。
でも其れは半年に壱度位しか食えない。
特に従弟が東京へ栄転するとのことでしかしながら58歳で支店長にされるのはそりゃ如何にもシンドイぞ。
要するに建設業界なんてのはそんなものでかうして景気が悪いのでそんな損な役回りが元気さうな奴に回って来るのだ。
ちなみに従弟夫婦はアノ高山の斐太高校卒ー白線流しにて有名なーでありしかも従妹の父親は教育長ー故にバリバリの左翼ーでもあるから元元頭は良い筈だ。
だが其れも僕の利口さとはまた違うものだからな。
ちなみに従弟はそんな美味いものばかりを食って来て居る故か體が大きく腹も出て居る。
そんな訳で會社組織とはそんなものなので結局はそんなものなのだ。
でもって我なんぞ守るべきものは自分の範囲のことだけー+母の世話ーなので何処からも「此れをやれ」との命令が来ない。
しかもこんな文人なのに締め切りもまた無い。
だからほとんど遊んで居るやうなものながらでも此の情けない世の中のこととまともに向き合うと決まって體調を崩す。
實はいま壱つ其の親類関連でそんなネタを持って居るがもはや話したくも無い。ー立木 義浩の弟子である写眞家ののり君のことでー
名古屋風味噌煮込みおでん 調理済おでん 食卓を彩る紀文の商品 紀文食品 (kibun.co.jp)
紀文のご当地おでんシリーズ「名古屋風 味噌煮込みおでん」は八丁味噌が美味しい!甘めでコクある味わいの1人前おでんです。 | ぼちぼち歩く (doggy-way.com)
さてまさに此の紀文の「名古屋風味噌煮込みおでん」こそが今回の論題となって居る。
結論から申せば「名古屋風味噌煮込みおでん」の御点は80~85点即ち合格点に達して居る。
即ち流石は紀文である。
其の味に文句を付けるところなどは無い。
よって今回はトッピング無しでしかも飯はブチ込まずに此の御品を食してみた。
但し個人的な意味での問題点があり其れはデカいモツが弐つ入って居たことだ。
我は所謂ドテ煮込み即ちモツ煮込みなるものを好まずよってまずは其れを取り除き代わりにちくわを入れてみた。
ー例えば「このわた」やキャビアや数の子、カラスミなどの内臓系、魚卵系の物も我は食べないー
其れがまたつい先日ファミリーマートにて壱袋だけ買ったちくわが何と紀文のちくわだったのだ!!
だから其れをブチ込みさらに電子レンジにて5分程煮込む。
でもってパック御飯に鰹のふりかけを満遍なくかける。
のりたまの方でも良いがちくわが入るので魚系で統壱してみた。
でもって其れを食ってみたところ充分イケるではないか!
即ち「キッチン大友の赤味噌おでん」よりもずっと美味い。
だがかって従妹が買って來し赤い包装のレトルト赤味噌おでんならば即90点が与えられる。
おそらく其れは紀文の「名古屋風味噌煮込みおでん」よりも値段が安いことだらう。
しかしながら従妹ですら其れが何処に売られて居たものかもはや思い出せないのである。
赤からおでん一人前 調理済おでん 食卓を彩る紀文の商品 紀文食品 (kibun.co.jp)
おい、でも待て。
壱體コレは何だ?
いやでも此れが其の「赤い包装のレトルト赤味噌おでん」なのでは勿論無い!
Amazon.co.jp: 紀文 [冷蔵] 赤からおでん 6種7品 1 パック : 食品・飲料・お酒
出たぞ!!
いや何故か在庫切れだった。
馬鹿者!!!
折角此処まで何年もかかって辿り着いたと云うに何たる體たらくだ。
かうなったらもう色んなスーパーに電話で問い合わせて意地でも此れを食ったるぞよ。
ちなみに赤味噌と唐辛子の相性は言うまでも無く抜群に良い。
唐辛子は我のやうに内臓系が弱いと過剰摂取は禁物だがされど寒さに弱い我は兎に角冬場に良く食しても居る。
なので本日も其の紀文の「名古屋風味噌煮込みおでん」に壱味と七味の唐辛子をブレンドしたものをかけて居る。
尚商品の在庫の問い合わせは大元の製造會社に問い合わせるのが壱番だ。
だから直接紀文のお客様センターに問い合わせるのが手っ取り早い。
だが本日は其処がもう終わって仕舞って居た。
Amazon | 紀文 名古屋風味噌煮込みおでん(10パック入り) | 紀文 | 練り物 通販
ほれ、此れを是非買わねばなるまい。
其れも此の寒い冬場には10パック位はすぐに食ってまう。
「おでんにご飯は合わない」を覆す!究極のご飯「とうめし」紀文の投稿に「食べてみたい!」 (msn.com)
其の「おでんに御飯は合わん」と云うのは言わば固定観念でありそんなことは決して無いのである。
其のおでんも結局は煮込み系での料理なのでむしろ煮込むものとは逆に何でも相性が良い訳だ。
其処を見抜いた紀文はしかしながら流石と云う他は無い。
尚名古屋は夏にクソ暑く逆に冬はクソ寒い土地柄ゆえ冬場には兎に角「煮込む」何かがどうしてもまた欲しくなるのだ。
でも今夜我が食うものは冷たーい「スパゲッティサラダ」弐パックである。
なんとなれば午前中に「名古屋風味噌煮込みおでん」を食ったのでもう體がホクホクしてむしろ暑い位なんだ。
もしや暖房も入れて居ないのか?
いや自分は大晦日近くにならんと毎年暖房などは入れんのである。
でもっていつも黑い皮のコートを着て居る。
家の中でも?
其れは35年位前に買った高級な本革のハーフコートだがすでにボロボロでところどころ擦り切れおまけに肘の部分が破れたので繕ってある。
するとまるでブラックジャックみたいな感じなのですか?
さうだ、僕のズボンもまた黑いのでまんまブラックジャックだね。
おまけに半分位白い顎鬚なども今は長く伸ばして居るので余り普通には見えない。
矢張り作家や哲學者などに見えることかと思われるがでも惜しいかな腹は出て居る。
ブラックジャック先生はでも「名古屋風味噌煮込みおでん」の批評家なんですね。
さうだね、兎に角「赤味噌煮込み」関連のものにはかうして強いんだな。
でも昨日の晩は確か合わせ味噌のインスタント味噌汁を食って居たのだったが…。
さうか、名古屋は結局何でもイクんだ。
さうなのだ、全部を両面イク。
だからたこ焼きやお好み焼きも大好きながら壱方では草加煎餅や納豆もまた好んで食う。
おまけに「赤味噌煮込み」関連のものには概して強いと来てる。
うわあー、ナゴヤ人、恐るべし!
さうなんだ、だから此処名古屋での食文化は眞の意味で多様なんだ。
其処はむしろ関西や関東以上に多様なのだと言えやう。
また宗教などの精神的領域に関しても僕の場合には何でもイク。
其れにかうして哲學的思考も為せばまた下らんギャグの類なども飛ばす訳である。
いやあー、スゴイ。
でもエロとギャンブルにだけは興味が無いのだと?
さうなの。
結局御料理の方がかうして樂しいの。
其れとそんな責任ある仕事なども大嫌いだな。
結局現存在の♂はそんな社會的な価値に踊らされ消耗して行かざるを得ない。
であるから何時まで経っても自立的な意味での哲學的思考を成就させられないのだ。
でもってまた本日も大根を煮込んで居る。
だから其れを此れから温め食うのである。
尚其の赤味噌やパイロクスマンガン鉱の赤はまさに愛知の色である。
赤い物がさうして取れる土地柄なのだと云うことだ。
赤はどぎつい色なのでもまたあるが壱つの究極的な色でもあらう。
でも自分は靑もまた好きなのでパソコンの画面には其の靑い星空を横切る小天體即ち流れ星の画像などを常に貼り付けて居る。
其のやうに両面イクことこそが此処愛知での哲學的な意味での精神的な気質なのではなからうか。
さて壱つ是非謝って置く案件が此の度生じた。
其れは以前此処にて名古屋市による環境破壊を批判した部分である。
即ち瑞穂グラウンドーパロマスタジアムーの横手に拡がる林を大木をも含め全て伐採したとさう憤って居たのだが其れはわたくしの見当違いによるものだった。
とは言え伐採は確かに行われて居る。
だが先日確かめたところ庵主さんの杜の反對側に拡がる大木の伐採は行われて居らず故に其れ等は健在だった。
然し其れ等よりも西側のよりスタジアムに近い部分はどうも伐採されて居ることらしい。
従って我が機嫌の悪さも此のところ半分位はおさまって来て居る。
どだい左様に大木が生き残っただけでもほぼ奇跡的に素晴らしいことである。
其の大木があると云うだけで此処瑞穂区の価値が参拾パーセント程は向上した。
尚現存在は身近な価値に就きまずは其のやうに価値転換をして置くべきことだらう。
現存在は「発展」と云う概念に大きく縛られる即ち洗脳されむしろ其れが良いことだとさう考え易いが総じて其れは誤りである。
正しくは「発展」では無いものむしろ其れとは対極にあるであらう自然的に齎される価値こそが逆に寿命の長いものなのだ。
だからそんな大木や大河や海は本質的に長い寿命を持つもののことだ。
其れとは反對にある人為的な構築物こそがむしろ最も寿命の短い謂わば「仮止めされた幻想としての価値」であるに過ぎない。
よってそんな「仮止めされた幻想としての価値」を築かんが為に大木をもしも伐り倒すのであればおおまさに其れぞ「本末転倒」での価値観の成就である。
現存在は其のやうな「本末転倒」での価値観の成就の為に今かうして生活を脅かされ未來を確保出来ないで居る。
其のやうな観念上の倒錯を是非止めんが為に我我庶民としての現存在が行うべきことは只壱つ。
其れは其の文明の齎す価値観へのあからさまな疑問と否定の意志を常に心の何処かに持ち合わせて居ることなのだ。
そんな訳でさうして我は常に文明の営為とは対峙し続けて来て居る。
だが我が望みとはむしろちっぽけなもので、主に其れは赤い味噌煮込みの何かを食べ天気の良い日に赤いパイマン標本を陽に翳し眺めるだけの話である。