目覚めよ!

文明批判と心の探求と

連休スペシャル 参 神を装いし👿と自称詩人との対話

参 神を装いし👿と自称詩人との対話

 

 

 

 

さても現存在はかうして如何にも弱い。

しかも弱いだけでは無く馬鹿である。


其れも自分が利口だとさう思って御座る何処かの詩人のやうにまるで馬鹿である。

そんなイキナリ自虐ネタから始まらんでも…。


何を言って居るか。

災難はな、さうして常に其の時にこそ訪れるものだ。


つまりはお前の備え方が悪いだけのことよ。

さうでした、どうも御免なさい。


全てわたくしが悪う御座りました。

わたくしめだけで其の罪を背負いこれから相生山で谷の底へと投身します。


おい、お前、また相生山へ行って来たな?

へっ何故其れが分かりましたのですか?


神は壱応何でも知っておるものだ。

では今日僕がしたウンコの太さまでをも御存じなのですか?


あったりマエダのクラッカー。-六拾年位前に流行ったギャグ-


おい、お前!

ハイ、何で御座りませう?


何故また相生山へ行って来たのだ?

だって歯医者の予約が取ってあるのですよ。


其れが拾分で治療が終わりー抜糸のみーまた御天気も良かったのでチョット山に寄っただけのことです。


さうか其処でまた盗撮をしていたのだな。

ですから盗撮では無く鉱物採集です。


僕は其の辺の警察官や教師とは趣味がまるで違うので盗撮にはまるで興味が無いのであります。

では其のキラキラにこそ欲情しておるのだな?


良くぞ見抜いたな。

何を隠さう、僕はすでに愛♡をより高次化して居り其の自然への愛、即ち石への偏愛、さうして神佛への愛だけにかうして生涯を捧げて居るのさ。


自分で言うのも何ですが嗚呼、何て清く正しく美しい生き方なのだらう!

其の清く正しく美しいのは宝塚のクソ👩共のことでは無くまさに僕の為のスローガンだったのだ。


ところで君はナルシストだね?

何故其れが分かった?


だから何遍も言わすな、神は全てを御存じなのだからして。


ところで其の神は人間を壱體どうしたいのだ?

神は此のウンコ垂れでしかもバカな人間を全員救えるのかい?


いや救うのは神を信じて生きて居る奴に限る。

さうか、すると其れは新興宗教の教祖を信じて居れば救われますと云う論理とほとんど同じだな。


いやチョット違うか。

新興宗教の多くが教祖を奉る訳ですがまさにアレは宗教としてはダメです。


何故なら人間を救えるのは神か又は佛のみだからだ。


さても人間は救われますか?

何で神が詩人にそんなことを聞くのだ?


詩人の答えはいつも同じだよ。

曰く、「人間は救われ難い」。


では神様はどう思われますか?

いやだから人間を救うのが神様の仕事なのだからして…。


人間はな、かうしていつの間にかグズグズに崩れて行ってな、さうしてとどのつまりは利己心に負けてな、やがては地球を全部壊し尽くし自滅するのだよ。

すると其の時にイエス様がまた天より降りて来られる?


或は阿弥陀佛様が天より降りて来られる?

いや阿弥陀佛様は極楽浄土から移動なさると云うことは無い。


では阿弥陀佛様とイエス様はまるで別物で?

まあ別者だが何処か似ては居る。


では壱體禅宗は何を御考えで?

いや神には禅宗が考えて居ることなど分からない。


第壱「不立文字」だの「只管打坐」だのそんなことは神がまさかやることでは無い。


そも其の「不立文字」と云うのは概念否定のことですよね。

でも概念を否定すればもはや人間では無くなるのだから禅宗の教義にせよ釈迦の思想にせよまさに人非人級である。


さうですね、神から見ても佛はむしろ人非人ですね。

でも神もオカシイぞ。


第壱何で人間をこんなバカでマヌケに創ったか?

第壱神とは言葉即ち概念が織り成す物語のことだらう?


故にむしろ其のバカでマヌケな人間の母胎とは概念の元締めである神、まさにおんみのことだらう?

アアー、神を呼び捨てにしたな、此の不届き者めが!


お前などはもう地獄行きが決定だ!

ハイハイ、分かりましたもう大人しく地獄へ行きます。

其れも拾年以内にソコへ行くから是非可愛がってね。


其の佛であるが、どうもウザい。

エッ?神様がそんなコト言って良いの?


いや其の佛であるが、どうも虚無的であり好きでは無い。

うーむ、概念的存在である神が非概念的な佛を御嫌いになることは良く分かります。


どだい神とは価値でせう?

天國とは其の価値構築の象徴でもある。


つまりは其れは言語内存在なのだとも言える。

言語とはつまりは分離であり分裂である。


故に言語とは不完全性の代名詞のやうなもので従って其れは苦を生じさせるものだ。


だが苦ばかりでは無く樂もまたある。


其の苦樂を纏めても不完全なので所詮其れは苦です。

別嬪の妻もまた天才の我が子もいつかは滅びる。


滅びるつまりは死に絶える。

どんな愛の対象もまたみんな死に絶える。


まさに其れが苦です。


だが神を信じて居れば精神は永遠に生き残る。

まさに其れが霊的に救われると云うことだ。


霊的に救われる前に社會を何とかせよ。

社會が悪いからかうして皆が苦しい。


ならば共産主義でもまたアナキズムでもやれば良い。

どだい神の力には限界がある。


エエッ?今何と仰られました?

神が全能では無い?


いや其れはあくまで言語内での全能性を有すると云うことだ。


其の言語外での全能性が無いと云う事は自然には神が要らないと云う事ですね?

ああ、其れはむしろアニミズムの方での神に近いものだらうが要らないと言えば要らないね。


すると神様、アナタの正體とは半分人間=大脳前頭葉と云うことになりはすまいか?

まあさうかもね。


でも神の正體より佛の正體の方が遥かに分かり辛い。

アナタのお嫌いな其の佛の正體こそが?


さうだ、其の佛とはそも何だ?


うーむ、さうですね、確かに分かり辛い。

何故なら佛とはそも脱論理であり脱概念なのだから其れこそ言語にて規定出来ぬ価値となる。

いやそも価値であるかどうかさえ分からない。


そも概念規定出来ぬ価値が有るかどうかさえ分からない。

まあ強いて言えば有るやうなしかも無いやうな、そんな適当なことしか言えぬのでむしろ其れは「語り得ぬ」領域のこととならざるを得ない。


但し佛とは「構築」の逆を志すことだとは言えるのではないか。

「構築」の逆即ち「脱構築」であり其れを壱般化して述べれば「諦め」であり「消去」です。


要するにむしろ完全なる後ろ向きの姿勢のことだ。

さらに言えば「生きてることより死んで居る」事の方がまだしもマシだとする価値観のことです。


其れも死を望むのでは無く生きてることをそも望まぬので結果的に死んで居ると云う状態にあらねばならない。

分からんよ、そもそんなものは。


神様、確かにアナタ様には分かりはすまい。

アナタ様はさうして有としての愛の次元に生じて居られる實體です。


然し非有としての愛の次元を漂うものこそが其の佛なのではありますまいか。

さうして其れは實體どころか幽霊でさえ無くむしろ完全なる無です。


うわあー、出たな、其の「無」。

其の「無」が何より嫌いなのだ、我等神の眷属は。


さうですねえ、其の無、無無無無無無無。

でも無は壱種潔癖でせう?


無は闘争せず欲も無くいつも静かに笑ってる。

笑ってる?


さう笑って居ます。

其れもうふふふふふふふふ、とか。


神様、正直申しましてもう人間はダメだと思います。

だから壱刻も早く此の世を滅ぼして新たな世界を築かれた方が良いやうに思う。


うーむ、實は我もさう思っておったところよ。

確かに人間はもうヤバいのかもな。


だが佛、其れの意見を聞きたくて本日はお前をワザワザ此処へ呼んだのであるがどうも自称宗教詩人のお前ではまるで役に立たぬことだけが分かった。

よってお前の師匠の南やネルケを是非呼び今壱度考えてみやうかとさう判断する次第である。


ところで最後にひとつ聞きたいのだが、そも其の佛とは實體なのか?

其れも我のやうに實體なのか?

と云うことは矢張りと云うべきか我がライヴァルなのか?


さうですなあ、個人的には佛とは實體では無いとさう思いますのです。

では何だと問われましても言語にて其れが規定されぬ以上其れは非相なのだとさう申し上げる他ありません。

非相であり非思でありより正確には有無としての範疇を超越するものです。


ですが、あくまで此の言語世界、概念世界に於いては神様、おんみこそがまさに全能者であり實體者です。

だからどうかどうか自信を持たれて下され。

自信を持って人間共に是非鉄槌を下してやってお呉れなさいまし。


いやあー、どうも嬉しい。

何が?

いやあー、どうも自称宗教詩人、お前に神として認められたことが實に嬉しい。


ええっ?では君は神では無かったのか?

さてもお前は壱體何者だ?


へへへへへのへー、我は堕天使だよ、まさにお前の如きウソコキの聖人だ。

うわあー、またやってもうたー。


またついこんな👿と友達になり御喋りをして仕舞った!

だがな、佛には其の魔力は壱切効かぬぞよ。


マーラ、お前は母ちゃんの股の間からさうしていつも出て来る。

だが佛は其の佛だけがそんなことには壱切惑わされたりはせぬ。


おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ。

ウルサイわー、もう御勉強の邪魔だ!!

其れも御勉強するのが人生で壱番大事だとかうして口を酸っぱくしつつ我は述べて居るではないか。


實際にわたくしは御勉強の邪魔となるウルサイガキ共が此の世で壱番嫌いである。