目覚めよ!

文明批判と心の探求と

年始としての神社巡りー實存的體験としての伝統の良さー

 

さて本日は眞理の話では無く實存としての具體的な體験の御話を是非致しませう。

 

本年となり2日と昨日5日に我は神社詣でをして居ります。

尤も私は神道に対し批判的見解を抱いて来ても居る。

 

但し救済宗教としては認められないと云う意味に於いてはさうなのだ。

 

ですがかうして神社は好きでむしろ其れが寺よりも身近な存在となって居る。

其れは確かにさうで、例えば寺へ気軽に入って行く馬鹿などは居ない訳ですが、他方で神社へはたとえ台風の日だらうが真夜中だらうがお参りをして来られます。

つまりは二十四時間営業でありしかも監視の目も例の防犯カメラ以外には無いものと来てる。

 

其れでもって我我が中学生の頃には悪い生徒らが神社の境内で裸になったりオシッコをしたりと悪さばかりをして居たものでした。

また賽銭さえをも盗むのです。

 

尤も今は必ずや防犯カメラが付けられて居ますのでそんな裸になり銭を盗む奴など此の辺りではまず聞いたことが無い。

 

 

しかしながら、全國的には其れも屡あるやうでそんな賽銭泥棒などが屡捕まったりもして居ります。

 

で、神社とは實はそんな壱種の心の解放空間なのでもまたある。

無論のこと其れはさうした悪人やまた我の如き善人の双方にとっての解放空間なのだ。

 

わたくしの場合はさうして賽銭は盗まず、まず銀杏だの楠の大木を愛でおまけに落ちて居る楠の葉を揉みしだき其の香りを愉しんだりもする訳だ。

また夏場に限れば何故か神社の境内には🐜が沢山居て其れを観察出来、其ればかりか我が子供の頃にはタマムシ (insects.jp)と云うものが屡其の神社の周りには出ましたものです。

 

ところが玉虫でも普通に居る奴はむしろウバタマムシ (insects.jp)の方でコイツは見た目が汚い訳だ。

 

ですが現在ではすでに絶滅して居るのか此処参拾年ばかりは此れを見たことがありません。

良く見られたのは半世紀以上も前のこととすでになり申した。

 

其のやうにまず神社には人為的なものではあれさうして自然が存して居ました。

また現在でも其れが存して居ることだらう。

 

 

よってわたくしは神社の最大の価値とは其の自然環境であり所謂願掛けによる現世利益の成就にあるのでは無いとさう結論付けて来て居る。

何故なら其の所謂願掛けによる現世利益の成就により人間の魂が救済される訳では決して無いからなのだ。

 

要するに其れでもって我我人間が持つ心の迷いを本質的に打ち消すことなどは出来ぬ相談です。

ですが表面的には所謂穢れを祓い環境としての清浄を保ち気分を壱新させて呉れるのがまさに神社の良いところです。

 

さうして神社と國や古代の文明への崇拝などを結び付けぬ形でのみさうしてわたくしは常に神社と向き合う。

 

より厳密には所謂万緑の思想万緑とは - コトバンク (kotobank.jp)神道の根の部分にはあり其れは所謂常見への憧れであり結局其れは素朴實在性に基づく倒錯の論理ではないかとさうも考えますが其の考え自體がまだまだ煮詰まっては居りません。

そんな訳で屈折しては居るにせよわたくしは神社へと屡喜んで出向きます。

 

 

西八幡社(軍水) (jinja.nagoya)

 

こちらが家から百五拾米ほど離れた神社であり其れが曹洞宗の寶蔵寺とくっつく形でもってある。

写眞は南側からのものでかうして長い階段を下から上へ上がる訳だが私の場合は北側ー上の側ーから此処を詣でる。

 

此の階段を降りたところが謂わば下町の方であり神社へ登り北側へ出ると壱挙に山の手の方となる。

 

我は子供の頃ほんたうに良く此の神社の境内にて遊んだものであった。

其れもほぼ毎日此処にて遊んで居たのである。

 

此処には楠や銀杏の大木がまたある。

 

尚社殿は高台にある訳なので此処からは南区や天白区などの名古屋市南東部を一望出来るが最近は周りに高層マンションが多くなり夜景が見辛くなって仕舞った。

但し🎆などは今でも見られるのだ。

即ち家より百五拾米程も歩けば遠方の花火が観られると云うまさに我に取り秘密の場所である。

 

曹洞宗の寶蔵寺は前の御住職に禅に関する教えを受けた我に取りまさに大事な御寺である。寶藏寺 - 曹洞禅ナビー寺院検索― 曹洞宗公式 寺院ポータルサイト (sotozen-navi.com)

實のところ我は先祖代々の墓には入らず是非曹洞禅でもって供養して頂きたいとさう願って居る。

 

金を積めば無論のこと其れは可能なのであらうが何せ金が無いのでそんな金無しの佛志にて禅宗よ我がタマシイの面倒を見よとさう若住職に談判してみるつもりなのであるがさう云うのは普通はまるで通用しない御話なのだらう。

 

即ち我と云う毒覚を汝等が受け容れることが出来るか否かに話は掛かって居る。

いや字が変な風に変換されて居た。

さう独覚であった、其の思い込みの強い独覚なのだぞよ。

 

 

山神社(下山町) (jinja.nagoya)

 

病院に勤めて居た頃に近くの下山町ー高級住宅が連なる山の手の街ーに素晴らしい神社があることを知り我もまた屡此処を訪れて居たものだった。

此処もまた高台となるので名古屋市北部の山山などが此処より壱望出来る。

 

其ればかりでは無く此処は周りを杜に囲まれた美しい境内が広がるのだ。

 

山神社 <名古屋市瑞穂区> - 水早 -mizuha- 神社と写真と一人旅。 (goo.ne.jp)

 

まさに杜に囲まれた素敵な神社でありしかも社殿は意外と見栄えのする古式ゆかしき場ともなって居る。

故に日頃から人気があり地元の人人がひっきりなしに訪れる場ともなって居る。

但し其れも決まって少人数でしか訪れぬので矢張り何時訪れても静けさに満ち溢れて居る。

 

つまりは我にとっての理想の神社なのだ。

 

伊勢神宮熱田神宮など大きな神域の良さもまたある訳なのだが日頃から日本の神神に親しむのであれば矢張りかうして地元の神社に限るのである。

此の山神社の場合は自転車でもって弐拾分程はかかるのだけれど兎に角事あるごとに行きたくなる神社である。

 

我は此の神社の杜で小さな天然の柿が落ちて来ることをも知って居りしかも其れを何度も食って居るのであるが其れが妙に細長い柿で異様に美味いものであった。

 

 

東八幡社(中根) (jinja.nagoya)

さうして其処からの帰りに今度は東八幡社へと出向く。

 

ーこの東八幡社は中根南城の北東にあることから、城の守護社とされたようだ。

明治10年(1877年)、字牛山にあった東山神社と、字大根山にあった白山権現社を八幡社に合祀して、東八幡社と名を改めた。西に八幡社があったので東八幡にしたということのようだ。西の八幡社は現在、西八幡社と称している。ー東八幡社(中根) (jinja.nagoya)より

 

西八幡社が我が家から百五拾米のところにあり此の東八幡社は大體壱キロ米程のところにある。

此の東八幡社の前をいつも自転車で通りつつ我は白砂のコノミヤへと買い物に出向く訳だ。

 

だからさうしていつも通るところなので屡動向を観察して居り特に楠の大木が見事なことも無論のこと知って居る訳だ。

其の楠の大木の根元で我は半日程寝て居たことが数年前にあったのだったが何で我はかうして浮浪者のやうなことをしたがるのか其のことがまるで自分でも分からぬのであるがおそらくは其の時何ぞ悩み事でも抱えて居たのであらう。

 

其れも人類規模の深い深い悩み事なので神様やお釈迦様でもなかなか解決のつかぬ大問題に押し潰されさうして只寝て居たのではなかったか。

だがさうして寝て居ると楠の梢でもって葉がサラサラと鳴り素晴らしく気持ちが良かった覚えがあるので結局は単に気持ちが良いから其れをして居た可能性もまた高くあらう。

 

 

さて坂を登らう。

さうして中根の方から家へ帰るには坂を登らねば帰れない。

 

坂の途中に趣のある其れこそ昔の寺子屋のやうな建物が昔からあったのだが其れが建て替えられて仕舞いどうやら其れが公民館のやうなものであるらしい。

道路に面した掲示板に「東八幡社 どんど焼き 1月9日 九時~十一時」と書かれて居た。

 

無論のこと其れを是非見たいものだ。どんど焼きの意味とは?期間はいつからいつまで?行けなかったらどうする? - 日本文化研究ブログ - Japan Culture Lab (jpnculture.net)

 

 

さて昨日は此の神社巡りばかりかコノミヤにも寄り食い物を買って来たのであった。

すると其処に何やら不思議なものが売られて居る。

 

 

岐阜県JAグループ 公式サイト | お知らせ | 「岐阜の七草粥」岐阜県内のイオンで販売開始 (ja-gifuken.jp)

七草|特産品|JAめぐみの (ja-megumino.or.jp)

 

まさに其れがコレだ!

此れが白粥と共に売られて居たのでさうしたものが大好きなわたくしは無論のこと其れを購った。

 

其の七草だの、また七夕だの、そんなものがむしろ壱番好きなわたくしはかうしたものには兎に角目が無い訳だ。

 

其の七草粥を本日作ってみたが結局は失敗して仕舞った。

其れは其れに投じた塩が普通の塩では無く特別に鹹い塩であるが故に所謂塩梅が悪くなりクソ鹹い七草粥となって仕舞ったのである。

 

 

が、七草の粥は良い。

まさに思想として反文明でもってもう最高だ。

 

嗚呼素晴らしき哉此の反文明の人生。

かうして馬鹿資本主義を否定し神社を経巡り七草粥を食うこと。

 

おおまさに、快なり、快なり、さうして快なり!

 

即ち贅沢とはかうしたことをこそさう呼ぶのだ。

贅沢とはたとえばかのTOYOTAが全米壱位の販売台数となることによりより大きく儲けると云うことでは無くかうして實存としての細細とした価値の集積をむしろ心より慈しむことだらう。

 

 

仕舞った!

此処に寿司でももしあれば其れこそ最高だと云うのにコノミヤで寿司を買うのをつい忘れておった。

 

だがコノミヤの寿司は所詮コノミヤによる庶民の為のスーパーの寿司だ。

でも家はグルメなのでもっともっとまともな寿司を食うのだ。

 

其れもいざ食おうとするのであれば必然としてさうなると云う話なのだが…。

 

其れにつけても其の「岐阜の七草粥」のパッケージを眺めて居るだけでも心が休まる。

さうして草の緑がまた七草と云うところが兎に角たまらずに好きなのだ。

 

 

  1. 芹(せり)……水辺の山菜で香りがよく、食欲が増進。
  2. 薺(なずな)……別称はペンペン草。江戸時代にはポピュラーな食材でした。
  3. 御形(ごぎょう……別称は母子草で、草餅の元祖。風邪予防や解熱に効果がある。
  4. 繁縷(はこべら)……目によいビタミンAが豊富で、腹痛の薬にもなった。
  5. 仏の座(ほとけのざ……別称はタビラコタンポポに似ていて、食物繊維が豊富。
  6. 菘(すずな)……蕪(かぶ)のこと。ビタミンが豊富。
  7. 蘿蔔(すずしろ)……大根(だいこん)のこと。消化を助け、風邪の予防にもなる。七草粥の由来や春の七草の意味・覚え方、七草の日はいつ? [暮らしの歳時記] All Aboutより

新しいものにより醸成され得る価値観と古いものにより醸成されし価値観とでは後者のものの方により人間の本質的な意味での幸福や価値が含まれて居るものと見て置くべきだらう。

 

其の意味でわたくしは元来保守的な人間である。

さうした古きものの見方、古き風習や慣習の美しさを常に其処に感じて仕舞う者なのだ。

 

尚今回の神社巡りで最も驚かされたのが社殿に置かれた所謂門松の大層美しいことであった。

其の門松と七草粥は結局古くから存する日本の文化としての壱形態なのだらう。

 

さうした伝統的なものの良さと云うことを此の年始に改めて見知った感のする我である。