目覚めよ!

文明批判と心の探求と

表現とは常に實存にとってのリアルである

絵画1

 

 

 

岸田総理の「新しい資本主義」と日本の資本主義の原点 渋沢栄一の玄孫が分析 (msn.com)

 

其の新資本主義も何も無く資本主義はかやうに世界を壊して来た張本人だよ。

其の破壊の責任は壱體誰が取るの?

其の渋沢翁が取るの、其れとも君が取るの?

 

其れとも🐕キシダが取れるとでも言うの?

もう彼等が何言ってるんだかまるで不明です。

 

ところで其の渋沢とはもしや渋柿から来て居る名前なのですか?

 

資本主義は今とても危ないよまさか未来を見越して何かをやって居ないよ、今此の時の儲けのことだけしか考えて居ない。

資本主義が地球を壊す元凶だよ、保守の方々もまた其の悪夢の体制だけは否定して置くべきだ。

でないと日本國は近い将来に諸外國へと結局は身売りだよ。

 

かっての東北で娘が江戸へ売られて行ったのとまるで同じだよ。

つまりは金が無いから娘が體を売るんだよ。

嗚呼、哀しいよ、まるでかの木枯し紋次郎の世界だな。

 

 

でも東北にも凄い藝術家が居たよ。

其れがまさにオンリーワンでの世界観の持ち主なのだ。

 

近藤亜樹 ─星、光る/Aki Kondo —Stars, Sparkling | 山形美術館 (yamagata-art-museum.or.jp)

 

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わたしたちは生きている
生まれ落ちたこの星で
カタチはみんな違うけど
光と影を生きている
たったひとつの美しい命
祷り、踊り、歌い、笑え
生きる命よ蘇れ
今光るこの星に

─近藤亜樹、2021年
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以上より

 

ー「つらいことが起きた時、悲しみより喜びに目を向けるのは難しいけど、喜びに目を向けられるようになると、モノクロだった世界が色を帯びてくる。夫の死は『点』で見ると悲劇だが、『線』で見ると、夫と出会えたから見えた世界や初めて知った感情があり、人生が豊かになった。息子にも出会えた。4年近くがたち、やっと『人生楽しめ』という言葉を受け入れられる」ー作家・近藤亜樹の世界(下) 幸せの色|山形新聞 (yamagata-np.jp)より

 


ーわたしの絵に出てくるものは変わったかたちをしているかもしれませんが、これがわたしにとっての正しいかたちだということ。写真に写るものよりも、自分の脳と身体に響いて伝わってきたもののほうが、わたしにとってはいちばんリアルです。


「そうですね、はっきりと名指すのはむずかしい。もっと、根っこのほうにあるものをいつも描いているので。植物の種が発芽して成長すると、茎や葉や花ができますよね。わたしは、そうやって咲いた花なんかを描いているのではなくて、種を描くのでもない。その植物が植えてある場所の土を描いているような感じです。花が咲いて葉が茂るのは、そもそも土の養分があるから。すべての素になる土の部分を描きたい」ー「ほとばしる鮮烈な体験を描く」近藤亜樹の情熱の絵画 | 文春オンライン (bunshun.jp)より

 

其の生のリアルさこそが實存的感覚で其れは確かなものとして常に其処にあるが他人は其れを見てもピンと来ず逆にあざ笑ったりなどして居る訳だ。

さうして實存的苦への無感覚者は藝術が何故生まれるのかと云うことに関しても同様に無感覚であり無関心なのだ。

 

其の根っ子つまりは根源的不安や生の意味其のものにまで遡及しまさに其処に於いて絵筆やまた筆を取らざるを得ぬのがほんたうの意味での藝術なのだとも言い得る。

 

悲しみつまり心の苦悩は結局資本主義などでは解決されずかうして藝術の場に於いてのみ克服され得るのだらう。

嗚呼、わたくしも何だか絵筆を取り何かを描きたくもなって来る!

 

其れは余りに世が眞っ暗でしかも其処にまるで👿みたいな搾取野郎がウジャウジャ居るからだ。

 

いずれにせよ、壱度是非観てみたい展覧会である。

絵を描きたく思いつつ結局其れをして来られなかったわたくしには其の個性ある絵画作品に接することこそが最大限に己のフラストレーションの発散に繋がる訳なのでもあり。