目覚めよ!

文明批判と美の探求と

信長公の眞實ー實はアスペルガーだった日本一の武将ー

-彼の睡眠時間は短く早朝に起床した。貧欲でなく、はなはだ決断を秘め、戦術にきわめて老練で、非常に性急であり、激昂はするが、平素はそうでもなかった。彼はわずかしか、またはほとんどまったく家臣の忠言に従わず、一同からきわめて畏敬されていた。酒を飲まず、食を節し、人の取扱いにはきわめて率直で、自らの見解に尊大であった。※フロイス日本史第三十二章より引用  松田 毅一 (翻訳), 川崎 桃太 (翻訳)


-彼は自宅においてきわめて清潔であり、自己のあらゆることをすこぶる丹念に仕上げ、対談の際、遷延することや、だらだらした前置きを嫌い、ごく卑賤の家来とも親しく話をした。彼が格別愛好したのは著名な茶の湯の器、良馬、刀剣、鷹狩りであり、目前で身分の高い者も低い者も裸体で相撲をとらせることをはなはだ好んだ。彼は少しく憂鬱な面影を有し、困難な企てに着手するに当たってははなはだ大胆不敵で、万事において人々は彼の言葉に服従した。-織田信長の本当の人物像に迫る【外国人ルイス・フロイスが見た信長】より



さて五年程前に他の掲示板に於ひてわたくしは信長公の歴史的解釈は間違って居り信長公と云ふ人はむしろ眞面目で不器用な人であった筈だと述べた。

所謂「本能寺の変」は其の信長の性格の上での不器用さがまさに顕在化した部分である。


対して秀吉公の場合にはもうこれは明らかに人たらしである。

今でもいつもわあわあとウルサヒ関西人のことを見て居ればそんなこと位はたちどころに分かる。


全く関西人は其処に一人が居るだけで鬱陶しひぞ。

ところが其れが憎めぬところもまたあるのである。



対する信長公の性格は兎に角潔癖で眞面目である。

まずは早起きの人、コレは眞面目な人なのだ。


逆に👿のやうな奴は夜更かしして酒飲んだり不純なる異性交遊に勤しんだりもするものなので兎に角早起きが苦手である。

社会の先生にはもうそんなこと位は全てお見通しだぞ!


次に信長公は酒を飲まず、食を節して居る。

實は屋敷や城の廊下に落ちて居る微細なゴミなどに口やかましく反応して居たりもしたものらしひ。



で、わたくしが其のことを知ったのはNHK大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』によってである。

實は此のドラマが六月一杯までオンデマンド契約者に配信されて居りまさに三拾年振りにわたくしは全話を視ることが出来た。


其れに気付いたこと自体がまさに奇跡的なことでありまさに信長公の霊の御導きによるものであった。

其の大河ドラマに関してはまた後述する。



其れでは何故信長公は潔癖だと分かったかと云ふと實はわたくし自身が生まれつき潔癖症でしかも完全主義者、しかも場合により周りを見下すことのあるパーソナリティの持ち主だったからなのだ。


もしやじぶんが信長公の生まれ変はりだと矢張りと云ふべきかさう言ひたひのだらう?

いやさうでは無ひ。


さうした心理的傾向が此処尾張に於ける一部のパーソナリティとして成立して居るのではなひかとさう述べて居るのだ。

あじぶんでさう言って仕舞ひ悪ひのだが特に頭の良ひ人にはさうしたパーソナリティが成立して居るのではなひか?



事實わたくしは幼ひ頃より不潔恐怖症で其の頃は人の触ったコップで何かを飲むことなどは出来なかった。

また自然に対してもさうで特に土や苔などに対する不潔恐怖がありだから自然などはむしろ好きでは無く其れ全体が汚ひとさへ感じて居たものだった。


但し其の不潔恐怖、強迫神経症的な感度の部分こそが後に藝術の世界への目を開かさせて呉れた訳だ。

絵画や文學、また音樂の領域をまさに直に掴み取るが如くに理解して仕舞ふのだ。


尤もかうした部分は余人にははかり知れぬ部分かと思ふ。

でも其れは有る、そんな感度の世界が確かに此の世にはあるんだよ。



其の潔癖な人は矢張りどうしても眞面目で変化することを余り好まぬものだ。

謂はば変化に対して不器用なので少しでも何かが変化すると兎に角困るのである。


一般に其処はアスペルガー的か又は精神病質か又は神経症的なものが根の部分に持つ性質である。

なのだが皆様はまず大丈夫、余程のことが無ひ限りさうしたところへは逆に行けなひのである。


まあ其れも庶民を一種馬鹿にしたやうな言ひ方なのやもしれぬが、要するに太宰や安吾、また三島や芥川や漱石のやうな心理的内容は余程のもので無ひと得られはせぬのだ。


わたくしはかうして屡大衆的感覚を馬鹿にするので逆に屡大衆の皆様から馬鹿にされたりも實はして来てもおる。

逆の阿呆の如くに扱はれまるで富士山の如き高きプライドがズタズタに引き裂かれることなどが良くあったものだった。



要するに夏目 漱石も芥川 龍之介も坂口 安吾も半分はキチガヒなのである。

また海外の作家でも画家でも特に戦前の藝術家はほとんどみんなキチガヒだったのだ。


だから其れが藝術家と云ふものなのだ。

みんながみんなで赤信号を渡る其の「阿呆の健全さ」とは其れは本質的に違ふのだ。

又は眞理眞實を反故にして進む畜群の群れとは其れは価値観が違ふと云ふことなのだ。



だからわたくしは今まさに信長公にも其の部分を見詰めて居るのである。


本能寺の変」は秀吉公であれ家康公であれ起こりやうの無ひ悲劇であったが、其の悲劇は他でも無ひ信長公自身の性格が招きしものであくまで歴史上避け難ひ事實であった。

だが其の悲劇は信長が魔王としての変革者であったから起きたのでは無く要するに常識的な意味での人に対する不器用さ、人あしらひの下手さから招かれたものなのだった。


対して女たらしの秀吉公はまた人たらしでもある。

だから関西人はいまだにみんな人たらしだ。


家康公なども實は子が多かった。

此処からしてもどうも家康公も實は👩の體が嫌ひでは無かった。


或は家康公は所謂ムッツリスケベだった可能性がまた高ひ。

家康公は凄ひインテリ爺さんだったのだが意外と理性の追求ばかりでは無くさうして👩好きでもあった。


信長公も別に👩嫌ひだと云ふ程に潔癖では無かったやうだが兎に角もっと理性方向へと振れた天才型の分裂気質ではなかったらうか。

信長公がもし文學者になって居ればおそらくは日本一のアッパレな文學を、おお富士山の如くに屹立する金字塔としての文學作品を必ずや後世に遺して呉れたことであらう。


否、さうでは無く信長公の生き方其のもの、實は其れこそが日本一の文學作品でありこんな尾張のキチガヒ気質を世に示す何よりの仕事其のものではなかったか!



何より其の神経の細かさだ。

其れに完璧主義。


光秀、なんじゃこりゃー魚が腐っとるぞ!!!!


一方家康公は其の信長公のちょっとオカシヒ点を如何にも腹黒く観察されておったことだらう。

さうして豊臣家の滅亡を、其の秀頼の粉砕をまさに其の黒ひ腹の底にて画策しておったのだらう。


宣教師フロイスは何せ外国人なので信長公のことを滅茶苦茶言って居る部分もまたあり特に宗教的には其の言説は信憑性に欠けて居る。




ルイス・フロイスの描く織田信長像について

こちらの論文は今回大変為になったものである。

即ち宗教に関する信長像をより正確に追求したもののやうだ。




ー彼は善き理性と明晰な判断力を有し、神および仏のいっさいの礼拝、尊祟、ならびにあらゆる異教的占卜や迷信的慣習の軽蔑者であった。形だけは当初法華宗に属しているような態度を示したが、顕位に就いて後は尊大にすべての偶像を見下げ、若干の点、禅宗の見解に従い、霊魂の不滅、来世の賞罰などはないと見なした。ー織田信長の本当の人物像に迫る【外国人ルイス・フロイスが見た信長】より


との宣教師フロイスの解釈にて信長公は合理主義者でありまるで共産主義者の如くに宗教の否定者のやうにさへ書き描かれて居る。

だが史實としての信長公はむしろ逆に神佛を保護し其の力ー其れも天道思想によるものか?實は時間が無く其の点につきまだ調べられて居なひーにて民の心を統一、平定しやうとして居たものと思はれる。


其の点につき上記の論文が根拠となる文献を示し詳細に検討するなどして居る。


フロイスにはキリスト教の世界公布と云ふ大目的があり、其れでもって信長公に何とかして取り入り日本での布教を成功させたひと云ふ目論見があった。

だからこと宗教に於ひては偏った見方の記述が其処になされて居ると見ておくべきなのであらう。



信長公は其の性格的な潔癖さからしても当時の伝統的佛教勢力並びに新興佛教勢力への幻滅と云ふか失望と云ふかさうした「何やってるんだ、此のウンコたれめが!」と云ふ怒りか又は叱責の思ひがもうグルグルと心の中に渦巻ひて居たのではなかったか?

「佛教は一体何やってるんだ、此のウンコたれめが!」

との思ひが兎に角強かった。


おみゃーらがそんな体たらくではやがて日本國は精神的に滅びやうぞ。

おみゃーらのことなどもう知らんのでキリスト教にでも改宗したるぞ!


と其処まで思った訳では實は無く上記論文での如くにキリスト教に対しさほど優遇して居た訳では無くむしろ軍事面からの利用、即ち西洋式の破壊力のある新兵器を兎に角沢山集める為に彼等切支丹を利用して居たと見るべきなのであらう。


信長公はかうして一筋縄では行かぬ理性の持ち主なのでほとんど何でも分かって居りたとへば地球儀の意味なども立ちどころに了解し即ち事實として地球は平らでは無ひと日本人として初めて知って居たのであった。

つまるところ信長公はほとんど天才並に頭が良かった。


だが理性に走る人ほど狂ひ易くしかもキレ易ひ。

事實我なども實はキレ易ひ。


其れも何時何処ででもキレ易く場面だの立場だのどーのかうのとかは関係無くドーンとイッて仕舞ふ。

が、實は視た目はむしろ佛顔で至極優しく見へるのだ。

さうして其の矛盾こそが人には理解されぬのだ。


 

ー美濃の国、またその政庁で見たすべてのものの中で、もっとも私を驚嘆せしめましたのは、この国主(信長)がいかに異常な仕方、また驚くべき用意をもって家臣に奉仕され畏敬されているかという点でありました。すなわち、彼が手でちょっと合図をするだけでも、彼らはきわめて凶暴な獅子の前から逃れるように、重なり合うようにしてただちに消え去りました。そして彼が内から一人を呼んだだけでも、外で百名がきわめて抑揚のある声で返事しました。彼の一報告を伝達する者は、それが徒歩によるものであれ、馬であれ、飛ぶか火花が散るかのように行かねばならぬと言って差し支えがありません。

都では大いに評価される公方様の最大の寵臣のような殿も、信長と語る際には、顔を地につけて行うのであり、彼の前で眼を上げる者は誰もおりません。彼と語ることを望む、政庁になんらか用件のある者は、彼が城から出て宮殿に下りて来るのを途上で待ち受けるのです。ー織田信長の本当の人物像に迫る【外国人ルイス・フロイスが見た信長】より


 


其の信長公の暴君振りー威張り振りーは然し彼が👿だと云ふことでは無ひのである。

彼があくまで潔癖且つ眞面目なので家臣達は誤魔化しか効かず何かちょっとした粗相でもあれば必ずや大爆発となるが故にさうして居るより他は無かったのだ。


即ち信長公は自己愛の極めて強ひ完全主義者でありちょっとしたことにも瞬時に反応する瞬間湯沸かし器なのだった。

ところが、其れは別にフロイスの語るやうに神佛を否定する合理主義者だと云ふ訳では無ひのである。


事實わたくしもまた神佛はむしろ全肯定しており其の逆に合理主義こそが地獄の使ひだと其れを全否定して行きつつあるのだ。


尚信長公の法華信仰に関しては以上の論文にてわたくしは初めて知った。

1.長篠の合戦に於ひて織田軍が使った小旗に「南無妙法蓮華経」の題目が染められて居たこと。

2.信長公の定宿であった本能寺は法華宗の寺院であり、其処が京に於ける法華宗徒との密接な関係が窺へる部分であること。



イザ「南無妙法蓮華経」の方であるのならば無論のこと「南無阿弥陀佛」は排斥されねばならずだから一向宗などは全部やっつけなければならぬ訳だ。

さうして織田家は元々平氏の出である。

平氏は滅びるものと何故か我が國では相場が決まって居り、要するに信長公はむしろ滅ぶべくして滅びる運命と云ふか業と云ふかそんなものを元々担って居たのではなかったか。


キレ易ひ其の名古屋近郊の利口な人の精神にはそんなどうも理性がイキ過ぎて居る部分が、そんな何でもお構ひ無しに言っちゃふわたくしのやうな部分がどうしても見へ隠れして来るのである。



さて、大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』1992であるが、まさに此れこそが究極としての信長公のドラマなのだとさう結論付ける他は無ひ。


其れは何故か?


ひとつにはまさに其れが宗教の面から捉へた「信長」像だったからなのだ。

近年アニメなどの影響なのか精神性の低ひ浅薄な魔王信長のイメージが若ひ人々の間で定着して仕舞ひまことに嘆かはしひ思ひを個人的にはして来て居る。


信長公とはそんなおバカ武将では無くむしろ日本一のお利口武将であったこと、其れも良ひ子のみんながつひぞ知らぬ宗教としての深ひ精神性の部分に生きた武将であったことをかうして元塾の社会の先生は是非みんなに伝へたかった。


みんなは夏休みに変なアニメを見てはイケません!

其れに変な武将ゲームなども即刻止めなさひ!

アニメは文部科学省推奨の手塚 治作品だけにしておきなされ。


さうしなひとほんたうにみんなおバカになるんだぞ。


先生、たとへばカルト映画などは視ても良ひのでせうか?


カルト映画は小中学生が視るものではありません!!

特に「ムカデ人間」などは最悪のグロ映画です。


それから「カリギュラ (映画)」だの「金瓶梅 (2008年の映画)」だのそんなものは金輪際視てはイケません。

勿論其れは異常な大人の為の映画なのです。



『信長 KING OF ZIPANGU』では、キリスト教の布教と天道思想での思想的展開が随所に盛り込まれて居ります。

其のキリスト教は兎に角昔からしつこひ訳です。

 

何せ世界公布しやうとして居ますのでしつこひこと此の上無く世界中何処にでもさうして宣教師が現れ👿としての東洋の宗教などはもう止めよ!などとも仰ひます。

まあ其れも一理は御座りますが、さりとてイエス・キリスト様のやうな潔癖な御心がもはやキリスト教には無ひと云ふこともまた事實なのでは御座りますまひか。


が、佛教の方にもまた問題は山積みで第一日本の佛教はもしや今合理化の最中などではなからうかなどと個人的にはさう思って仕舞ふ。

ですが、ヤッパリ宗教はまだしもマシなのやもしれません。


魔王信長!ギャオー、グオー、バッサリーとかやってる何処かの武将隊のやうなのがまさにゲーム化され今の小中学生の脳味噌を襲ひ必然としてお馬鹿化して行くことでありませう。


 

織田家お抱えの祈祷師
信定・信秀・信長と織田家には三代に渡って仕えており、戦などにも同行する。最期は本能寺で信長に殉じる。物語の裏の主人公でもある。信長 KING OF ZIPANGU


尚平  幹二朗による此の加納 随天と云ふ配役こそが架空の人物でありながら物凄く嫌らしくしかも見事な演技でした。信長 KING OF ZIPANGU 本能寺の変

また本作は大変にお金をかけ創られた大河ドラマのやうで安土城の天主の内部の模様などもまた見事なもので實に楽しめました。安土城天主 信長の館

 

まさにかうして信長公は潔癖だったのだ。枯葉一枚が気になった潔癖症の戦国武将って誰?

潔癖とは神経が細かひ、所謂デリカシィがあると云ふことなので勿論家臣も其の細かさに付き合はねばならぬことだらう。


だから信長公の怖さと云ふか圧力と云ふか其れは所謂権威権勢的なもの以上に信長の生眞面目な性格其れ自体にあったのである。




ー信長は癇癪もちで、ちょっとした事でもすぐに怒っていたようです。 また信長は長身で痩せていて声がかん高かったようです。体型や声と人の性格に関連があるとする理論では、こうした体型と声の持ち主は、基本的にわがままで自己主張が強く、興奮しやすいとあります。


人が苦しむことを見るのが好きだったといったタイプの残忍さとは違い、自分の感情を制御できない事から来る残忍さだったのでしょう。そう考えると信長の癇癪にあい、酷い目にあった人々はお気の毒ですが、信長自身にとっても次第に部下の心に離反を呼び、各地で反乱を起こされたり、明智光秀の謀反で命を落とすことになった訳ですから、周りの人々とともに、信長自身も、自分の癇癪の犠牲者だったと言えるのかもしれません。



確かに癇癪持ちだったようですが、普段はおとなしかったとあります。ひとから侮辱されると我慢できなかったようです。また好戦的で、修練に熱心で、正義に厳格だったようです。潔癖で綺麗好き、身分の低い部下とも気にせず話をした、などという側面もありました。こうした観察から推測されることは、猟奇的な残虐性とは関係のない、むしろ子供が十分に大人になり切れないことからくる残虐性です。簡単に表現すると、いつまでも角が取れない人だった、ということになるのかもしれません。


すぐに怒ってしまうことはリーダーにとって大きな問題です。有能ではない部下や、しきたりを重視する部下、あるいは敵対勢力を力で圧倒するばかりでは長続きしません。快進撃を続けた信長が本能寺の変の謀反であっけなく殺される結果となったのは、やはり信長の性格の短所に問題があったと言えることでしょう。ー織田信長の性格とは?戦国武将は残忍で冷酷?実は優しい一面もあり? より




まさに其の通り。まさに此処はエエ処を突ひて居ます。

其の怒ると云ふのは、結局大人じゃ無ひのです。


でも大人には本質はもはや見へません。

本質を見詰めると子供を続ける他は無く、でも信長公は利口ですから知識や知恵はちゃんとあるんです。