一般に人間は限定することが誰しも不得意なやうです。
即ち止めると云ふことが誰しも出来ぬものです。
結論から言へばまさに其れこそが近代的な抽象思考としての弊害であるのやもしれぬ。
ところが封建時代まではおそらくさうではなかった筈だ。
其れはもっともっと不合理だの不条理だのが幅を利かせて居た時代でしたので或は何かを止めることさへ出来たのやもしれぬ。
第一武士の切腹と云ふこと自体が其の止めることへの潔さを体現したものでもあった筈。
また西国で大きく力を誇って居たかの平氏にせよ滅ばざるを得なかった。
ところが現代ではさうした意味での滅亡と云ふか終結と云ふか其の種の終わり方が逆に見へなくもなって参りました。
戦後はずっと戦争が無くなりあっても其れが局地的に限定され要するに世界大戦などは起こり得なくもなって行く。
さうした意味では人類は既に最も大きな社会的な暴力からは解放されて居るのやもしれません。
ところが別の脅威には現在も晒されて居ます。
此の脅威は畢竟其の限度ー限定ーとしての分を守らぬこと、即ち分不相応な拡張主義により齎されたもののやうに思はれる。
ー14世紀には黒死病(ペスト)がヨーロッパで大流行した。このときの流行では当時のヨーロッパ総人口の約3分の1にあたる、およそ2500万人から3000万人もの死者を出したとされる[13]。
16世紀にはコロンブス交換によってもたらされた天然痘が南北アメリカ大陸で猛威をふるい、天然痘の免疫を持たなかった先住民の人口は約10分の1にまで減少した。またこの天然痘の大流行はアステカ帝国やインカ帝国といった現地の政治権力に大打撃を与え、両国の滅亡とスペインの新大陸制覇の一因となった[14]。
19世紀から20世紀にかけてコレラが、地域を変えつつ7回の大流行を起こした。
1918年から1919年にかけてスペインかぜ(インフルエンザ)が全世界で流行し、死亡者は約5000万人から1億人にものぼった。この時期は第一次世界大戦の末期にあたり、総力戦体制のもと全世界的に軍隊や労働者の移動が活発となったことがより被害を甚大なものとした。流行は鉄道や河川といった輸送ルートを通過して海岸部の港湾都市から奥地へと拡散していった[15]。ー#パンデミックの歴史より
かうして基本的にパンデミックは異文化と異文化が接触することで引き起こされる。
ところが異文化と異文化が接触しなひ、即ち交易が為されず其れぞれが世界に孤立してあれば当然ながらパンデミックにはなりやうが無ひ訳だ。
だからどうも此れは文明病なのだとも申せませう。
即ち抽象的な利益ー果實ーを追ひ求める余りに必然として引き起こされるより大きな欲望への枷ー警告ーのやうなものでもまたあり得やう。
結論から申しますと其のやうに限定的に齎される神の怒りかまたは諫めこそがパンデミックの正体だと云ふことです。
ですが其のやうに捉へる人はおそらくごく一部の文人や宗教家に限られて来ることでせう。
文明と云ふものは洗脳のことでもまたあり、其の洗脳を客体視し得る知性は非常に数が限られて来ると云ふことでもまたありませう。
わたくしは幸か不幸か其の眼を持って仕舞って居る訳ですが其のことでむしろ不幸せにもなってるのではなひかとさうも思ひます。
兎に角其の「限定」=限度を知る、と云ふことが我我人間には何故か出来ぬことなのだ。
結局其の人間の癖のやうなものにつき様々に今わたくしは思考を巡らせて来ても居ります。
其の抽象的な思考の癖のやうなもの、其の概念としての分離度の高さが人間にとっての致命的な欠点であると同時に飛躍的な進歩の原動力でもある訳だ。
其の分離又は分裂を如何にして救済するかと云った宗教的な課題はさて置くとして、わたくしがやりたかったこととは其の欠点か又は長所としての部分を論理的に突き詰めていくことにこそあった。
但し自然科学のやうに分析するのではなく直観的に或は歴史的文學的に其のカラクリを是非解明してみたかったのだ。
ところが其の理論はでもまだ出来て居なひのであります。
其れどころかマスク一つ無ひので思考どころでは無ひ。
じゃあもう強ひ酒でも飲みつついつも酔っぱらってでも居やうかな。
でも其処此処に春の匂ひがして来て居ますよ。
春の訪れがすでにわたくしの感性に直に訴へかけて来て居るのだ。
さうです、實はわたくしは春の匂ひが分かるのです。
其ればかりか夏や秋や冬の匂ひさへもがいまだに分かる。
尚此の季節の匂ひ、季節の香りに敏感な人は確かに居るのださうです。
ところが大人になると失ひ易い感覚でもまたあるのだそうです。
ちなみにわたくしは共感覚者であり一種の鋭ひ感覚を生まれつきに持ち合わせて居ります。共感覚
ー日本・海外問わず、共感覚者の最多数を占める。日本人の共感覚者の存在は、それ自体が、共感覚が先天的・遺伝的要因と環境的・文化的要因との輻輳(ふくそう:重なり合うこと)によるものであることを物語る。なぜならば、アルファベットのみを母語の表記に用いる欧米の共感覚者は、それら数十文字に色が見えるというだけで共感覚者と断定されている。しかしながら、かな・漢字・アルファベットを併用する日本人であっても、多くの日本の共感覚者は、かなやアルファベット(表音文字)に対する共感覚のみを訴え、数万もある漢字の全てに色が見えると訴える人は極めて稀である。さらに、形が異なるひらがなとカタカナとでは、読みが同じであれば(「あ」と「ア」など)同じ色に見えると訴える日本人共感覚者がほぼ100%である。このことから、「文字→色」の共感覚は、そのほとんどが、文字の形状に音声を対応させる抽象的能力が可能になる年齢以降に身に付いたものであるということができる。ー共感覚#文字に色が見える共感覚(かな・アルファベット・数字など)より
尚わたくしが持つ共感覚とはかなやアルファベット、また数字に色を感じることが出来ると云ふものだ。
此れはかなりハッキリしたもので特に一から十までの数字にはスッと色が浮かんだりも致します。
また此処にもあるやうに形が異なるひらがなとカタカナとでも読みが同じであれば同じ色に感ぜられる。
ー「文字→色」の共感覚は、そのほとんどが、文字の形状に音声を対応させる抽象的能力が可能になる年齢以降に身に付いたものであるということができる。ー
とすれば此の点に関しては原始退行現象では無くむしろ後天的な現象でありだけれども誰しもが可能な訳では無ひので矢張り特殊な能力であると言ひ得ることでせう。
またわたくしは匂ひにとても敏感で色んな物の匂ひを良く嗅ひで居たりも致します。
ー實は石の匂ひでさへ嗅ぎ取ることが出来其々に違ふものであることが分かるー
ちなみに自分自身が共感覚者であることを知ったのは二、三年前のことだったかと思ひます。
私は幼ひ頃から感覚が異常に鋭く妙に潔癖症でもあったのでしたが其れが何故さうなのかと云ふことが分からず結局ズルズルと還暦前まで来た時点でネット上の共感覚テストを受けてみたところ強ひ共感覚の持ち主であることが判明したのです。
これかどうかは分からぬが兎に角こんなもので其れが分かったのです。共感覚判定テスト
是非研究に供したいのでメールを下さひとのことでしたが面倒臭ひので止めて置きました。
まさにわたくしは「食はれる」ことだの何だの突然変なことを言ひ出したりも致しますが其処は或は共感覚による原始退行現象がさう言はしめて居ることなのやもしれません。
また動植物との交流が人よりも頻繁と申しますか濃厚ですので其の点でも少し感覚的に違ふ部分を持って居るのかもしれません。
また重要なことは結局齢を重ねても其の感覚は決して消へなかったことです。
尚ウイルスの匂ひと云ふのも實は分かるのです。
風邪系のウイルスは何かかう玉ねぎのやうな嫌らしひ匂ひが致します。
但しコロナウイルスの匂ひが分かるかどうか其れは今の処分かりません。
共感覚につき其の後暫く調べてみると、其れはむしろ原始的、原初的な未分化での感覚であらう可能性が高まって来た。
要するに第六感のやうなものでもあるのかもしれぬがむしろ赤子の頃には誰しもさうなって居たのではなかったか。
即ち其れはまるで赤子のやうに純粋な未分化での感覚とでも言ふべきものなのでした。
尚詩人には共感覚者が多く、たとへばボードレールもランボーも宮澤 賢治もまた其の共感覚者だったとのことです。
実際宮澤 賢治の童話などにはまさに変な感覚でもって描かれたものが多くあり其れ等は大層魅力的なのではあれ基本的には人に理解されるところのものでは無ひ。
わたくしには世界ー外界ーに対する大きなイメージでの認識があり其れが病んで居るのか居なひのかと云ふことを或は瞬時に判断し得るのかもしれなひ。
またわたくしがこれだけ世界の危機と云ふか社会のお粗末さを批判し続けて来たことの根底には何か其の種での直観が働ひて居た可能性もまた高くあらう。
ところが周りには其れが所詮伝はりはしなひのです。
だから其の危機感と云ふものを所詮は共有出来ぬのです。
わたくしはむしろ元々はそちらの方での人間であり論理でも無く理性でも無く其れの遥か以前での直接的な世界の把握に長けて居る人なのやもしれませぬ。
どだひ根っから論理的であり理性的な人であるのならば何も「食はれる」ことばかりを好んで書くとはなかなか思へませぬ。
尤も現在は社会時評的に書ひても居りますがもっと感覚的にぶっ飛んでるところを其のうちに何か示していくことなどが出来るのやもしれぬ。
然しイザ感覚がブッ飛ぶと何せ怖ひですからね。兎に角自分でも怖ひ位なのですから。
さても共感覚者はお化けなどを見ることがあるのでせうか?
感覚が鋭く季節の匂ひを感じ取ることの出来る京都の怪談和尚は其れを見たとのことです。
でもわたくしは一度だけしか其れらしきものは見て居なひ。
其れも高校時代に母と共に見たところでの真夜中に寺の林の横に佇む白ひ着物姿の髪の長ひ女性其れこそが何やらヤバひものであった可能性が高ひ。
他に幽霊や亡霊などの類を見たことは無ひ。
さうしたものを感じ取る感度では無くあくまで現實としての感度が鋭くあるのです。
また特に最近は自然への感度が以前にも増して高まって来て居ります。
其れこそが自然の中へといつも埋もれて居たひと云ふ感覚であり逆に自然が怖ひとかイヤなものだと云ふ感覚は消え去っていきました。
ー幼ひ頃には自然が特に好きだと云ふ訳では無くむしろ其処に穢れのやうなものさへ感じて居たものだったのだがー
ちなみに自然の匂ひはまた特別に良く分かる方ではなひかとも思ふ。
苔の匂ひや水や川や池の匂ひ落ち葉の匂ひなどもそれぞれに皆違ひ分かりますね。
花の香りは始終嗅ひで居たりも致します。
最近は専ら木蓮の香りに酔ひ痴れて居ると云ふところでせうか。
尤も爺様でもっていや男性でもって道端で花の香りを味わって居る奴などこれまでに見たことなど無ひのだが。
春の香りはさうしたもののまさに集積でもってひと言で申せばまさに其れは萌へ出る命の歓びの香り其のものです。
尚其の自らを限定出来ぬ人間につき我我は其処に何を感じ取るべきなのでせうか。
元々人間は限定された存在であらう筈なのに何故我我は其の摂理には素直に従へぬのだらう?
限定する即ち分限を弁へて居ればむしろほとんどの問題は生じず此の世界との友好的な関係が築けて居たであらうに其処を思へば誠に残念なことだ。