目覚めよ!

文明批判と心の探求と

永遠なるルドン -Ⅰ-


"Ars longa, vīta brevis." -藝術は長し、されど命は短し-
 
 
かくして社会は信頼に足るべきものではなく且つ又生は其れ自体で矛盾の檻を形成して仕舞ふものだ。
 
なので其処で生を認めるか其れとも認めぬかと云ふ選択が常に人間には突き付けられて居やう。
 
謂わばさうであらねばならぬのか、其れともさうでなければならぬ、と云ふデシジョンが我我人間の心中には常に突き付けられて居る。
 
 
かうした二元的な選択は感度の高い人々や理性に優れた人々の内面を常に脅かして来た。
 
故に多くの藝術家がこれまでに早逝したり発狂に追い込まれたりして来て居る。
 
対して何時の世にも感度の鈍ひ人々は逆にのうのうと生き延びて来て居やう。
 
かねてよりわたくしは其の鈍感さにこそ深く興味があった。
 
 
鈍感であることこそが結局幸せ♡なのではないかと今もさう思ふ。
 
俗世間の価値観こそがさうして幸せなのだ。
 
確かに其れは一面ではバカバカしひものだが生を全うする上で兎に角其れは筋が通って居らう。
 
 
かように敏感なものは往往にして脆く壊れ易ひが故に其処で長くは時を過ごせぬ。
 
まさにカミソリの如き感性は現実を切り裂き其処に死の階梯を導き出して仕舞ふ。
 
猶予はあらうに時は無ひと見其処にあらゆる妄想ー浪漫の追求ーの城を築き上げて仕舞ふ。
 
 
但し其れが妄想かどうかと云ふことは社会的なレヴェルにより異ならう。
 
かのユイスマンスが描きしデカダン貴族デ・ゼッサントの如くに美としての自己の牢獄に閉じ込められるにせよ其れは妄想ではなくあくまで己にとっての現実なのだ。さかしま (河出文庫)
 
が、ゼッサントの神経症は次第に悪化しやがて俗化されることを余儀なくされていくのだった。
 
 
 
かように藝術とは美を見詰めることなれど、其の美自体が単体として純粋に存在するものでもなひ。
 
むしろ美自体は永遠の疎外を我我に課すものであり、謂わば求むれば求むる程に美は逃げ我我の手中へと収まらぬものだ。
 
美の諧調とは其の精神性の疎外をこそ指し示すものであり、美自体から疎外され続ける肉体としての自己の空疎さ、其の喜劇性の極に於ける悲劇にこそ美の本質が示されて居やう。
 
即ち美しきものは美しひもの其れ自体には非ずで、美しきものはむしろ美しひとは到底思へぬ労苦だの俗情だの左様に瑣末な様、乃至は腐った様下卑た様もうむしろどーでも良ひやうなものからこそ生じて居るのである。
 
 
だから僕は兎に角美學があり人とは違ふんだ。
 
まさにまさに高等遊民だから君等とはまるで違ふ。
 
ま、確かに詩人の眼は常に美だけを見詰めておる。
 
 
ところが美を見詰めれば見詰める程にむしろじぶんは醜くなっていくやうな気がしてならぬ。
なんだが、兎に角美を見詰めねば美とは何かと云ふことは矢張り分からぬ。
 
だから其の、すみませんが美だけを見詰めさせておくんなさいまし、と云った悔悟の姿勢に於ひてのみ美學者は美を追ひ求めることが出来やう。
 
但し其をしたにせよ美は断じて己がものとはならぬ。
 
美とは移ろいゆく宝石の輝きの如き儚きものなのだ。
 
 
しかも其れが美として単独に輝くものには非ず。
 
其れは醜き生としての他方の極であり掃き溜め又は肥溜めとしての生の堆積物より生ずるものなのだ。
 
故に常に美其のものを欲しがってはならぬ。
 
其のやうに美を追ひ求めてはならぬ。
 
美其のものに至らうなどと考へてはならぬ。
 
 
なんとなれば美とは醜ぞ。
 
類稀なる芳香ではなく其れ即ち悪臭のことぞ。
 
 
左様に美はとても遠ひものだ。
 
遠ひ、遠ひ、兎に角遠ひ。
 
詩人にしてからもが兎に角遠ひ。
 
とても掴まへられぬ。
 
今ココで掴まへたと思ったらスッと何処かへ逃げて行った。
 
 
我が六十年の生涯の半分は、むしろお勉強などではなく其の美自体の性質との闘ひにこそあった。
 
アアー、美が欲しひ。
 
其の色が欲しひ。
 
どうしても欲しひ。
 
我は価値観がそも違ふので此の世の常識になど従って居なひ。
 
其れでも美が欲しひ。
 
美其のものと合体したひ。
 
 
などと言ふ高等遊民は屡世に居るものでわたくしなども明らかに其の類での人間で其れも若ひ頃からずっとさうでしたがとりあへずは社会化したフリをしなひとカネが無ひので其のやうにはして来ました。
 
が、還暦に至ると云ふことはまた赤子に戻ると云ふことの手前、サアむしろこれからがわたくしの本性を現す絶好の機会ではないか。
 
此のバカジジイがいや美の伝道師が、即ち宗教遊民がおおまさに真面目なのか不真面目なのかまるで分からぬ、其の學があると同時にバカ其のものの言説からしてもが。
 
 
それにしても、アアー、美が欲しひ。
此の飢へ乃至心の渇きは一体何処から生じておるものなのでせう?
 
多分さういうのがわたくしの運命、宿命のやうなものなのだと今は思ふ。
 
左様にわたくしは美に生きており、ところが其は永遠に捉へることの叶わぬ現象の背骨なのだ。
 
故に美に就ひて何ぞ述べよと言われれば実際何処までも述べていかうが、むしろ其の行為によりわたくしは美から疎外され掴んだと思った美はスルリと此の手から逃げていかう。
 
 
其の美に寄り掛かった心の状態こそが多分病気である。
 
普通の人は美、とか真理、だとかさうしたものは反故にして毎日毎日学校へ行ったり会社へ行ったりで美の本質につき考へやうとなどして居なひ。
 
 
なんですが、幸か不幸か、わたくしは其れを問うて来ざるを得なかったのだ。
 
わたくしの生涯の半分は其の美にこそ捧げられて来た。
 
つまりは美ヲタクだ。
 
己自身が美には程遠ひが故に最も激しく美を追ひ求め続けて来たのだ。
 
 
 
ではどんなものが美ですか?
たとへば女は美ですか?
 
うーむ、違ふと思ひますね。
女を良く綺麗に描ひてる画家とか居ますが其れは違ふことでせう。
 
女には醜さが常にあると思ひますね。
まったくひでえ言ひ方ですがね。
 
 
では蝶は美なのですか?
 
蝶に限らず自然現象は全部が美其のものです。
 
創造による美は自然の中にしか存在しませぬ。
逆に言へば人間による美は全て加工物であるに過ぎぬ。
 
よって其れは本質として美しひものには非ず。
 
ただし美としての諸要素ー部分としてのーは美しくもなり得る。
 
 
たとへば絵画、コレがまさに美しひ訳です。
また音楽も美しひ旋律を奏でませう。
 
藝術の分野だけでなく、運動選手の肉体なども実に美しひ。
 
此の四月に阪神の陽川の放ったホームランなんて滅茶苦茶にキレイな弾道でしたよ。
 
其れに石も美しひですね。
 
山や海も勿論美しひ。
 
 
なので社会だの人間だのと云ふことよりもソチラの方こそが美しひものです。
 
なんですが人間は社会をやらないと生きてはいけぬ厄介な生き物ですので若ひ方々はこれから必死こひて働きまた必死こひて女の尻に敷かれまさに生きるか死ぬかでもって還暦まで是非やってみて下され。
 
わたくしはもうそんなのは御免ですので兎に角精神的には引退させて頂きましたので後はもうタラタラとやっていくばかりですのでさう急かせないで頂きたひ。
 
 
もう全部スローでいきますので兎に角美のことでも書かせて下され。
 
 
 
さて、わたくしは色物が好きだ。
 
其の色は肉欲のことではなく色其れ自体に強ひ執着があるのだ。
 
 
故にわたくしは特に絵画を好む。
 
確かにこれだけ理窟っぽい人間なので文學やら文献やらも基本的に好むのだがほんたうは絵画の方がより好きなのだ。
 
 
これまでに色んな絵を観て来た。
元々は絵を描く方も嫌ひではなかったが中学生位で文學の方へ行ったので絵を描く方の手は動かなくなった。
 
 
其れでもってどんな絵が好きかと云ふと兎に角オディロン・ルドンが好きだ。
 
最近はより偏屈化して来て居りルドン以外の絵画は絵画ではなひ、とまで考へるやうにさへなって来ておる。
 
 
だが結局最も性に合ひ美しひと思へる絵画は其のオディロン・ルドン Odilon Redon 1840-1916 | フランス | 象徴主義以外には無ひ。
 
ただし暫く前まではギュスターヴ・モロー Gustave Moreau 1826-1898 | フランス | 象徴主義もまた好きであった。
 
 
然しルドンの方がより年寄り向きだ。
即ち穏やかで、より発散されるエネルギーが低く尚且つ上品だ。
 
わたくしは元々象徴主義ヲタクなので、大体に於ひて其の種のものには自然と惹き付けられて仕舞ふ。
 
廿代ーゴッホ
三十代ーゴーガン、マティス
四十代ーモネ、モロー
五十代ールドン
 
 
と大体其のやうにわたくしなりの絵画の好みの変遷史があり、中でも実際の絵画を観て最も感銘を受けたのは矢張りと言ふべきか廿代後半に於ひて初めて観たゴッホの作品であった。
 
其れから暫くはゴッホのことを研究して居りしが次第に反文明の精神が形成されるにつれゴーガンの方へと向かっていく。
 
モネは元々好き♡で、尤も日本人は皆モネの『睡蓮』が好きなのでさう自慢するやうな話でも無ひ。
 
ルドンは若ひ頃にはむしろ縁が薄く特に高く評価して居た画家でもなかった。
 
 
が、或る時ルドンの絵画の素晴らしさにようやく気付く。
 
特にルドンが描く其の色の素晴らしさに。
 
其の色に不可思議な調和を見出した時からルドンの色こそがわたくしにとり最高の色のハーモニーとなって行ったのだ。
 
しかも其の調和が一種東洋的である。
 
或は宗教的でもある。
 
 
其のやうに宗教的な精神性をも感じさせる色彩の調和を具現化した画家はおそらくほとんど居なひ。
 
宗教とはまさしく其のやうな精神性の高さのことであらう。
 
或は穏やかさのことであらう。
 
謂わば激しひ二元的対立を超克したところでの内面の表白としての色の調和なのだ。
 
 
確かにモローなども宗教的な題材を用ひても居るが其の絵はルドンのやうに静かではなひ。
 
静か、さう、ルドンの絵画は何処までも静かなのだ。
 


 
ルドンは其の高踏的な風体Odilon Redon French Painter and Printmakerとはまるで逆におそらくは激しひ内面の葛藤を抱へる人ではなかったらうか。
 
まあ確かに藝術家とは皆似たり寄ったりで必然として其のやうな訳の分からぬ闘ひを心中に抱へ込まねばならぬ。
 
其れがどんな藝術の分野でも同じなのだから全く恐れ入る。
 
何でそんなややこしいものなのかわたくし自身も知らないが兎に角酷く相克ししかも相即する二面を抱へ込まねばならぬので決まって苦労をする。
 
おまけに其の苦労につき世人は理解を示しては呉れぬ。
 
だからいつも孤独で居なければならぬ。
 
 
畢竟周りは其の内面の葛藤を解さぬ。
 
アナタとは根本のところが違ふので苦労するのだ、と訴へたにせよそんなものは泣き言に過ぎず誰も慰めたりはしては呉れぬ。
 
ま、其れは藝術家の宿命だから其れは其れで良ひのだが其処を押して少しは分かって頂きたひと云ふのがわたくしの正直な気持ちなのであり、兎に角そんな物凄ひ闘ひの中から絵は生まれ詩は生まれたとへばベートーヴェンの交響楽なども生まれておるのだ。
 
 
かくして藝術は小宇宙としての作品の数々を各の藝術家の内面に創造し続けていく。
 
其の流れは誰も止められやしなひのだし其はたとへ神様仏様でも触れ得ぬ領域のことなのだ。
 
つまりは治外法権での創造の領域が其処には拡がり、まさに其れは文明の推し進める諸の破壊とは正反対の要素、即ち創造的維持のことだらうな。
 
さう過去を破壊したかのやうに見えて実は諸作品は永遠に残る。
 
即ち藝術作品こそは永遠に不滅です!
 
 
「ルドンはもっぱら幻想の世界を描き続けた。象徴派の文学者らと交友をもち、象徴主義に分類されることもあるが、19世紀後半から20世紀初頭にかけてという、西洋絵画の歴史のもっとも大きな転換点にあって、独自の道を歩んだ孤高の画家というのがふさわしい。
初の石版画集『夢の中で』の頃から当時の生理学や科学が投げかけていた疑問・問題意識である不確かな夢や無意識の世界に踏み込んだ作品を多く発表した。それらは断頭や目玉など、モノクロの版画であることもあって絶望感もある作品群であるが、人間の顔を具えた植物のようなものや動物のような顔で笑う蜘蛛など、どこか愛嬌のある作品も描いた。
鮮やかな色彩を用いるようになったのは50歳を過ぎてからのことで、油彩水彩パステルのいずれも色彩表現に優れているが、なかでも花瓶に挿した花を非常に鮮烈な色彩で描いた一連のパステル画が知られる。
日本国内では岐阜県美術館がルドン作品を数多く所蔵している。」オディロン・ルドンより
 
 
ルドンが一級の変わり者であると云ふ証拠は、齢五十となるまで兎に角モノクロでもって変なものばかりを描ひて居たと云ふ点にこそあらう。
 
此等をかの岐阜県美術館にて何度も観て来て居るが謂わば非常にマニアックな精神の領域のもので世人にはなかなか理解の叶わぬ作品群である。
 
ところが其れが一挙に色彩化する。
 
其の色彩はまさに一級に美しひ。
 
何故か?
 
 
謂わば色の二元を超越した色だからなのだ。
 
即ち色には色有りと色無しとの二元の領域があらう。
 
其の色無しよりルドンは絵を書き始め齢五十になるまで其ればかりを描き続けて居た。
 
が、心境の変化から色有りの世界が彼の内面にて開闢して仕舞ふ。
 
だから後はただひたすらに色有りの世界が彼の絵画の上に展開されることとなる。
 
 
無論のことわたくしは色有りでのルドンの世界が好き♡なのだ。Odilon Redon
 
尚此処にもあるやうにルドンは屡釈迦The Death of Buddha (La Mort de Bouddha) - Odilon Redon-釈迦涅槃図-やキリストChrist on the Crossの絵を描ひて居る。
 
彼の描く絵の精神性は一体何処より来たりしものなのだらう。
 
何故かうもルドンの絵は精神的でしかも其の色調が高度に洗練されて居るのだらう。
 
 
ひとつには彼は色としての両極をあへて標榜した画家なのだと先に述べた。
謂わば色の本質を直観して居たであらうことを其処で思わずには居られぬ。
 
宗教的な世界をも描ひたのは彼の内面に何らかの苦しみがあったからではないか。
 
其れが所謂世紀末の苦しみなのか何なのか判然とはせぬが、少なくとも晩年の彼の作品にはさうした心の葛藤を超越した何か、其の激しひ闘ひの末に辿り着きし穏やかな心の世界がむしろ表現されて居るのではなからうか。
 
色調の高度な洗練は真の意味での調和を生み明らかに穏やかさを、其の静けさと精神性の高さを其処に生んで居るやうに見受けられる。
 
重要なのは其の調和がさうして精神性が決して付け焼刃的なものでは無ひと云ふことだ。
 
彼ルドンに於ひて其の色の調和こそが自身の精神の調和でもまたあったかの如くに。