目覚めよ!

文明批判と心の探求と

大掃除よりーアノ岡林 信康の歌にしてやられるⅠ


人間にはかって社会と闘わねばならぬ時代があり其れは六十年代後半から七十年代前半にかけてのことであった。
ヴェトナム戦争に於ける反戦運動やヒッピームーヴメント、またインテリ学生達による全共闘運動はまさにさうした歴史の必然によって社会に齎されし嵐であった。


怒れる若者達は社会の齎す恩恵に背を向け其処で新たな価値観を模索して居たのだ。
さう社会の価値観が大元の処で腐っていれば其れを正していく他はない。


然し体制側が望むこととは常に現状の維持なのだ。
だから其処に価値観の対立が引き起こされることとなる。


社会が我我個に与へる価値観が如何に陳腐なものであるにせよ我我は其の檻の中で闘っていく他はない。
つまるところ状況は其の頃とむしろ何も変わって居らぬ。


現代社会は相変わらずバカバカしい価値観にしがみつきしかも其れが次第に抽象化し全く訳の分からぬ様相を呈するに至った。


が、其のバカバカしさとは理性がさう察するところでのもので理性が無ひ人々にとり其れはバカバカしいものでも何でもなくむしろ重要な何かなのだ。


要するに全ては二元的な価値の対立状況の中に埋め込まれて居る。


かくしてあらゆる想念、行動つまり現実上の営為は矛盾化することを避けられぬ。


左翼運動にも多々矛盾がある訳だが体制側の方も矛盾だらけなのは確か。


ただし現在のわたくしの捉へ方では左翼運動=近代主義の絶対的展開、と云ふことにどうしてもなって仕舞ふ。


わたくしが批判乃至否定して居るものは近代其れ自体なので必然として其処に左翼思想は否定されて仕舞ふ。


ただし左翼思想には左翼思想としての潔癖さ=理性としての良心のやうなものが確かにあらう筈。


だが其れもわたくしにしてみれば考へが浅く理性そのものにはとても成り切ってなど居ない。



理性とは限度を弁えると云ふことでありみだりに騒がないと云ふことなのでありさりとてバカバカしいもの全てに対しては背を向けて居るゆえ変人奇人としか其れは見えない。


或いは変な詩人、と云ふこととならう。


ところで、アナタ持ってますか?


ハイ、持ってますよ、其の理性を。
持ってるので概ね世間の価値観には従わないんです。


其の世間には従おうとしなかった理性のエネルギーこそがかっての反体制運動の核心部を担って居た。


ータダ考へ切れて居ない。其れもタダの理想論であるに過ぎぬ。自由や平等が目的化されつまり欲望化され逆に社会を破壊に導かう。だが反対!したこと自体には大きな価値があった。少なくとも今のやうなまるで家畜の群れのやうな若者達とは違ふ「怒り」のエネルギーに満ちて居た。ー



反戦運動全共闘運動が下火となった七十年代後半~八十年代前半にかけ我我還暦世代は青春時代を迎へて居た。


ところが全共闘運動なんてまるで知らなかったのです。


いや、確かにアノ浅間山荘での攻防戦やかの三島先生の自決の場面などは当時TVでも流されていました。


でも我我還暦世代は其の頃まだ小学生でした。


しかも1970年には大阪万博へ行き是非月の石を見て来なければならなかった。
ーちなみに今上天皇大阪万博へ行かれ尚かつ月の石をご覧になったのださうです。-


そんな訳で時代状況は当時むしろ極端でした。



一方では世界的に反体制の嵐が吹き荒れ、また一方では資本主義の齎す繁栄に皆浮かれ騒いで居たのであります。


で、反体制は我我よりずっとお兄さんのオジサン方が為されて居たことなのであり我我はそんなことにはまるで興味がなくタダ虫を採りにいったり塾へ行かされていたりクラスの可愛い女の子にちょっかいを出してみたりで左のひの字も知らぬままに其のややこしい時代を生かされて居ただけなのだ。


しかも八十年代には思想はダサいと云ふ風潮まで生まれ我我が大學生の頃は「トレンディ」であることが美徳とされつまり親にまず車を買って貰う。
其れもダサい車ではダメで少なくともスタイリッシュなものでなくてはならぬ。


しかも其の車に乗り隣の女子大の大學祭に乗り込みあわよくば美形の女子大生とお知り合いになる。


まあ大學ですので女子学生も居りますがあくまで身内はダサく其の女子大の女子大生でなくてはならない。


と云ふやうな実に遊び人の、嗚呼まさに思想無き勉強無きバカ学生共の群れそのものだった。



そんな訳でむしろ勉強するのはダサいことだったのであります。


尚わたくしも当時は試験の時以外勉強などして居らずむしろ大學を出てからコツコツと独りで学んで来たことがコノ幅広い教養の根拠ともなって居ります。



要するに思想闘争は其の時点で全て終わったのだ。


其の時点で我我の生は思想に規定されたものではなく欲望に規定されしものとなっていく。


欲望、アア、欲望。


いえ欲望が全部悪いだなんて一言も言ってないですよ。


タダ我我の精神の規定は唯物化したのだと云ふことが言いたいばかり。



思ひ出話なのでつひ前置きが長くなりました。


わたくしが掃除中に一番びっくらこきつつ聴いたのがコレです。




当時はっぴいえんどのメンバーだった細野 晴臣はかの岡林 信康とも共演して居た訳です。


然し岡林 信康のコノ怒りとは一体何だったのだらうか。


矢張り其れは全共闘の怒りであり反戦の怒りであり煎じ詰めれば其れは反体制の怒りなのだ。




私たちの望むものは  作詞作曲 岡林 信康



私たちの望むものは
生きる苦しみではなく
私たちの望むものは
生きる喜びなのだ

私たちの望むものは
社会のための私ではなく
私たちの望むものは
私たちのための社会なのだ

私たちの望むものは
与えられることではなく
私たちの望むものは
奪いとることなのだ

私たちの望むものは
あなたを殺すことではなく
私たちの望むものは
あなたと生きることなのだ

今ある不幸せにとどまってはならない
まだ見ぬ幸せに今跳び立つのだ!

          
私たちの望むものは
くりかえすことではなく
私たちの望むものは
たえず変ってゆくことなのだ

私たちの望むものは
決して私たちではなく
私たちの望むものは
私でありつづけることなのだ

今ある不幸せにとどまってはならない
まだ見ぬ幸せに今跳び立つのだ!

          
私たちの望むものは
生きる喜びではなく
私たちの望むものは
生きる苦しみなのだ

私たちの望むものは
あなたと生きることではなく
私たちの望むものは
あなたを殺すことなのだ

今ある幸せにとどまってはならない
まだ見ぬ不幸せに今跳び立つのだ!





さう我我の望むものは家畜のやうに生きることではない。
人間には人間の意志があり其処で自己を殺し私ではない私を生かされることではない。


かような左の思想の持つストレートな叫びに感動を覚へぬ訳でもない。


だが社会=体制は何処までも我我をして家畜化していくことであらう。


わたくしが保守へと転向したのは、ただ其処で美を保存したかったからだ。


美は均衡=バランスから生まれやう。


自然の美もまた人間の美も然り。


其れでも尚心は叫び続ける。


たとへば此の世界のバランスが壊されかかって居る。



バランスを崩す其の元凶とは愛であり固執である。


現状への固執即ち保守である。


保守的なあらゆるものが実はバランスを壊す。


かように究極的に保守は矛盾を最大化するのだ。


だが同様に革新もまた矛盾を最大化する。


どちらに転んでも欲望は人間其れ自体を滅ぼす。



では観念的闘争はもう止めよう。


元より観念的闘争などダサい。


トレンディに生きて是非美人の女子大生をGETしやう。


さうかうするうちに取り返しのつかぬバカとなり申した。


モノマニアとなり過ぎ、スッカリ女嫌ひにもなり申した。



かようにどちらに転んでも矛盾からは逃れられぬ。


では一体どうしたら良いのだ?


宗教にでも走るか。


まあ走り切れるものであれば其れも良からう。



私たちの望むものは
生きる喜びではなく
私たちの望むものは
生きる苦しみなのだ

私たちの望むものは
あなたと生きることではなく
私たちの望むものは
あなたを殺すことなのだ

今ある幸せにとどまってはならない
まだ見ぬ不幸せに今跳び立つのだ!




コノ部分を今一度良く考へてみなければなるまい。


其処で岡林は何故逆を言ふのか。

即ち苦しひからこそ、むしろ闘うのだ。


矛盾だからこそ、あなたを生かさぬ。


与へられた仕合せに安住して居れば其れでそのままに全ては終わって仕舞ふ。


其れに抗するそんな不幸せこそが実は幸福への第一歩だ。


かように生きる喜びは闘ひの中にしかない。


其の闘ひが右に寄ろうが左に寄ろうが其れは単に方向性が違ふだけのことだ。



わたくしの場合岡林 信康を、実は余り聴いて居ない。
当初の彼の歌は強烈なプロテストソングの数々であり、是等に対峙し聴き込むことは可成のエネルギーを要求されるからだ。


ただし中学生の頃に此の歌を聴いて衝撃を受けた。





チューリップのアップリケ   作詞作曲 岡林 信康


うちがなんぼ早よ 起きても
お父ちゃんはもう 靴トントンたたいてはる
あんまりうちのこと かもてくれはらへん
うちのお母ちゃん 何処に行ってしもたのん
うちの服を 早よう持ってきてか
前は学校へ そっと逢いにきてくれたのに
もうおじいちゃんが 死んださかいに
誰もお母ちゃん 怒らはらへんで
早よう帰って来てか
スカートがほしいさかいに
チューリップのアップリケ
ついたスカート持って来て
お父ちゃんも時々 買うてくれはるけど
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし


うちのお父ちゃん 暗いうちから遅うまで
毎日靴を トントンたたいてはる
あんな一生懸命 働いてはるのに
なんでうちの家 いつも金がないんやろ
みんな貧乏が みんな貧乏が悪いんや
そやで お母ちゃん 家を出て行かはった
おじいちゃんに お金の事で
いつも大きな声で 怒られてはったもん
みんな貧乏のせいや
お母ちゃん ちっとも悪うない
チューリップのアップリケ
ついたスカート持って来て
お父ちゃんも時々 買うてくれはるけど
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし



所謂被差別部落の問題を取り上げた歌だ。


憲法に規定された人権と実際の社会のあり方の問題でもあるので日頃わたくしが取り上げて居る近代主義の非限定性の問題なのでもある。


結局其れはごく微妙で難しい問題なのだとも言える。


究極的には其れは近代と前近代に於ける価値観の二元的分裂の問題に集約されて来やう。


近代は人間を祀り上げるが、実際には此の社会には全ての人権を全うするに足る場が無い。


其の枠組み自体が無いので大問題なのである。


ただ金持ちはもし半分財産を失ったとしてもまだ金持ちなのだ。


貧乏人は倍の給料を貰ったとしてもまだ貧乏人だ。



だから社会的に搾取構造を改革する手立てはある筈なのだが事実上保守派はボンクラで改革派は改革派で現実的な意味での限度を考慮しない。


限度を考慮しないと必ずや破壊に至らうからこのところわたくしは左派を酷く批判して来て居た訳だ。


金のあるなしは人類畢生の大問題でむしろ金があるから人類は二極化しやがて滅びに至る可能性が高くあり其れでもってわたくしは金を無くせとさうも述べて居た筈だ。



むしろ現代社会はカネの矛盾で壊れていく可能性も高い。


ちなみにわたくしの場合、其の破壊を論点の中心に据へ現代社会を論じて来て居る。


だから破壊を齎す考へは思想的方向によらずして徹底的に論破していきたいとさうも思って居る。



ただ最近ヤッパリ人間とは破壊そのものなのかなあとさう正直に思ったりもして居る。



コレがまた意外と良い。



放送禁止と言へば岡林 信康と云ふ事で、其れも今考へればなかなか理解し難いことだが確かにさうなのだった。


今は禁止されるやうなことを言ふ人間がそも何処にも居ない。


…でもないか。


色んなことを言う奴は居るがただ現代文明の全体主義性は極めて堅固だ。


ちょっと言った位ではビクともしないと云った感じである。



其の後の岡林は所謂丸くなっていったやうだ。


強烈なメッセージ性はもはや其処には無い。





だが岡林 信康こそが社会と闘った藝術家である。
社会と闘うことは普通割に合わぬ、損をするだけのことなのだから誰もまともに取り上げたりはしない。


だけれども、そんな歌だからこそ心に沁み入る。


人間は社会的な動物であり社会の矛盾は個を直接規定する。
つまるところ人間が生きる上での悩みであり苦しみであるものとはほぼ社会的なものなのだ。


社会を良くしたい、と誰もがさう思ふ其の気分とは裏腹に社会は何処までもアクドく我我をして隷属化させていく。