目覚めよ!

文明批判と心の探求と

温暖化による今後の地獄草紙


地球温暖化は何を文明に齎すのであらう。   

端的に言って其れは生存の恐怖であり究極としてのニヒリズムそのもののことだ。


まず我我はこのやうな灼熱の世界を乗り切っていけるのであらうか。

無論其れは否である。

第一こうまでクソ暑いと海どころでもなくかつ山どころでもない。

つまりはレジャーが成立しない。

そして仕事どころではない。


特に外で仕事をする必要のある人々の体がすでに危険である。


もっともバイ菌としての人類はなかなかにしぶとくおそらくはあと五十年程は絶滅しない。

だが気温が45度さらに50度程にもなれば其れはもはやムリと云ふものだ。


其処で大勢の人が死ぬよ。

しかも農作物への壊滅的な被害が生ずることだらう。


すると食い物が無くなるので何でも食らうこととなる。

木の皮やゴキブリ、蜘蛛やヤモリ、さらに🐜まで食い尽し其れでも腹が減り死にさうだ。


いっそのこと病人を殺せとばかりに色んな類の殺人が起こるやうになり人肉食が屡行われるやうになる。

ー事実太平洋戦争の戦地では此の人肉食が屡行われて居たさうだー


其のやうな飢餓による餓鬼地獄の様がやがては訪れやう。



さう言うと自然科学者を始めとする文明の推進者側がとんでもない話だ!と叫びつつ決まって額に青筋を立てて怒る。

然し君等はかの東日本大震災を予測出来なかったではないか。

のみならず君等は地球を捨て宇宙で暮らせるとでも云うのかい。



全くバカもいいところで、一体何でこんなに人間はバカになったのか、もはやまるで人類の知的領域が麻痺しにっちもさっちもいかなくなりつつあるのではないか。

其れもあのデカルトのバカが、我が思うゆえに我が居ります、思わない我など考えられません、我は思う故に今居るんです。さうだ我こそが数字だ数学だー、わーはっはっはのはー。


などと言い合理主義文明の理論的根拠を形成して仕舞いましたとさ。




此の大馬鹿者めが!

汝には神仏のおわすことが見えて居らぬのか。

神仏が死ねと云へば死ぬ、生きろと仰せであれば生きる。

其のやうな宗教的な反省力に従い人類は生きて来ざるを得なかった。



どだいホモ・サピエンスネアンデルタール人よりも力が弱くしかも頭も悪かった。

だが社会化したがると云う嫌らしい性格をたまたま持って居った。

其の嫌らしい性格でもってしてよりデカい集団=社会を生み出し結果的にネアンデルタール人を絶滅に追い込んだ。


しかも此の、バカホモ・サピエンスが、宗教を編み出した。

即ち死の世界、あの世とやらと交感出来る知的能力の段階へと至ったのだ。


だが其の宗教は宗教でもって可成にバカだ。

即ち宗教は社会化されることが元来大好きだ。

要するによりデカくなりたい、より大きく社会的な宗教となり教条主義或は権威主義、神様仏様主義に生きたく其処で兎に角王様さへをも精神的に縛りまくって置きたい。



なのでシャーマンは、そして教祖は絶対の権威者でありたとへどんなことをしても冒されぬまさに宇宙一の大権威者のことだ。




うわー、そんな、そんなカラクリにて宗教が、かの宗教こそがバカホモ・サピエンスの社会化をあらうことか強力に後押しして御座ったのか。

ゆえに宗教が悪い、宗教自体が要らぬと云う説には実は根拠が御座る。



だが宗教、宗教無くばホモ・サピエンスとしての種の繁栄もまたなかった。
宗教なくばホモ・サピエンスがバカになる由縁もなくただただ猛獣に食われ大猿に犯され絶滅して置けば良かったまでのことだ。


うーむ、確かに絶滅しておくべきであった。
かのバカホモ・サピエンスが地球上に蔓延したこと自体が何かとてつもなく大きな不幸であるかまたは不運であった。



宗教とは左様に根性の悪いもののことである。

だから人間様も皆根性が悪い。



ホモ・サピエンスは毎日発情しておまけに仕事と称してそこいらを飛び回り何をやって居るのだか、奴等の行動はもはや我には理解の及ばぬところにあり地球の支配者として偉そうなことこの上なくあまっさへ一体何をしやうとして居るのだ?


そんな変なところを触ってはいけません!

細胞の中だの、海の底の泥だの、はたまた月の石だの、そんなお前さん方とは元々関係の無いものを金輪際触ったりしてはいけない!


そして飛行機を飛ばしてはいけない!

また車にも乗るな!


ウナギを食うな!

マムシに咬まれてみよ!

深海まで潜り水圧にて押し潰されてみよ!



其れに早う、プラスティックゴミを片付けなさい!

そして早う、森林破壊をお止めなさい!

そして性の破壊の推進を今すぐに止めよ!




ああーもう、目覚めよ!

もういい加減にせよ!

そんなにまでして長生きがしたのか。

そんなにまでして生を美化したいのか。



そんなにまでして欲望を其の邪な欲望を成就させたひのであるか。


確かに其れは一つの流れである。

其は人類全体としての保守の流れのことか?

いや違う、常に進化は革新こそが担って来た。



進化は社会化と云う宗教の流れ=観念化と切り離せないものだった。

即ち宗教こそが実は革新勢力である。


宗教は保守だと思って居たら大間違いだった。

第一仏教ー大乗ーは地獄と共に極楽を生み出した。

あー極楽だー、快適だ―、と思って居たところいつの間にやら気温が40度を超えた。



だから地獄もある。

いや快適だった近代にこそ地獄は現出する。

中世の地獄なんぞそんなものは真の地獄には非ず。


おおー、地獄だーと、西欧でも日本でもさう思って居りしがかっての地獄は決して真の地獄の様ではない。

真の地獄の様こそがむしろこれからだ。




うわー、灼熱がー、そんな体育会系の物凄い熱が、お年寄りや赤ん坊にはまるで我慢のならぬまでの焦熱地獄が。


体力、其の通り、これからは兎に角此の体力のあるもの勝ちだ。

たとへ殺しても死なぬ位の鈍感さと猛烈な体力、其処に於いてもはや精神力など何の役にも立たぬ。



其処では無論のこと宗教も崩壊する。

何故なら宗教はこれまで甘やかされて来し分余計に我慢がならぬ。

然し其の前に自然科学が壊滅する。

何故なら自然科学者は大抵が頭でっかちで体力がない。

だから科学インテリは一番先にまず倒れる。



よってサルの如くに敏捷でしかも炎熱に強くさらに繁殖能力に長じたまさに獣のやうな人間のみが今後の世界を、其の45度、さらに50度もの業火の世界を生き抜き覇権を争うこととならう。

ああー、まさにかのマッド・マックスの世界が、或いは北斗の拳の世界がまさかこんなに早く到来しやうとはまさにつゆほども思わなんだわ。




社会、此の腐った社会に、宗教が崩壊し科学が絶滅せし末期の世界に、其の新たなる世紀末伝説が、かの大地球温暖化伝説の到来がま近なのだ。




現代社会は元々自然の猛威には頗る弱い。

何故か?

あくまで観念化された社会であるに過ぎないからだ。


観念化されし想定内の範囲で社会が動いて居るので温暖化による大幅な気温の上昇などと云ったまさに想定外の観念外の事態に対処する術を持たない、いや持ちやうがない。


そして此の温暖化は深海の温度上昇により齎されたものである可能性が高い。

温暖化に就いては以前にも様々に述べて置いた筈だから其れを是非参照して置いて頂きたい。



元より温暖化は近代三百年に亘る文明社会の業の蓄積の結果によるものであるからもはや如何ともし難いものである。

つまり変えやうのない文明の必然であり人間の運命のやうなもののことだ。



温暖化による現実としての被害は文明の成立要件そのものに対して加速して加害されることであらう。

問題は其れがどのやうに齎されるかと云う事だが、先に述べたやうに其れは極めて現実的に肉体的な苦痛の集積として齎されていくことだらう。




即ち、
1.生存の上での肉体的要件の危機
2.社会的な活動の危機
3.精神の崩壊の危機


これ等に関する被害が今後より直接的に齎されることとならう。


そして肉体の上での生存の条件を科学技術力は回復することが出来ないことだらう。

何故なら人間の生存の要件は、其のほとんどが自然からの恵みによるものである。

科学が弄った自然はおそらくはほんの数パーセントであるに過ぎないことだらう。

然し其の数パーセントの改変でさえ自然は大きな変化を余儀なくされるのだ。



自然科学の過ちとは、其のやうな自然の全体性を想定出来なかったこと、単なる分析知としての其の部分としての自然の知識にどっぷりと寄りかかりより大きな思考を、より慎重でかつ反省の意を込めた行動をなすことが出来なかった点にこそ現れて居やう。


其のやうな直感的な認識はむしろ子宮思考による範疇でのものであった筈。

だから何故女共が其の危機を悟り世に対して訴えかけることが出来なかったのか。

言うまでもなくこと生命の危機への認識に限れば男性よりも女性の方が遥かに優れていやう。



女共が近代化により有害化され欲望に走るやうになったことが科学の暴走を許した根本因ではなかったろうか。

兎に角人間の生存の要件自体が今後漸進的に圧迫され死者が増える=温暖化と云う天災で死ぬ可能性が高まっていくことだらう。




社会的な活動も、実際には其の多くの部分を全い自然=当たり前にあるこれまでと同じやうな自然に頼り切って来て居る。


だから飛行機も自動車も、其の前提に寄りかかり実は動いて居るのだ。

其の前提が崩れればほとんど全ての社会的な活動が遮断されるに至る。

文明とは其のやうに多くを自然に寄りかかることで維持されて居ることだらう人為的な営為である。



なので自然が狂えば必然として文明も狂う。

より根本的に言えば、文明とは自然の一部を加工しただけのことで自然自体を制御または征服したものにはまるで非ず。


だから自然が崩壊する時にはそのままに文明も崩壊するに至る。

またさうしたことこそが自然界に於ける摂理である。



尚ここで論じる精神の崩壊とは、わたくしがいつも述べて居ることとはまた別の意味での精神の崩壊のことである。

其れは文化的な要素=精神的な要素に意味が失われて仕舞うと云う意味での精神の崩壊のことだ。


平たく述べれば、精神的な要素とは肉体的に恒常的な環境が用意されはじめて成立する領域であると云うことだ。

たとへばこれまでの文明世界は其の前提に寄りかかり長々と人間の精神そのものの歴史を築いて来た。



ところが、もし気温が45度にもなれば、其の精神など機能するべくもないではないか。


気温45度でもってして、サア今日はテストで百点取りました、どうだ偉いだらう、とか、サア今日は大口の契約が纏まり多大な利益を会社に齎しますぞ、どうだ偉いだらう、とか、そんなバカバカしいことにイチイチ関わって居る心の余裕なんぞぞある訳がないわな。

もうそんなもん、クソみてえなものでそんな成果主義のそして合理主義のバカなぞ、こんな45、6度もの気温の中でまさにまさに生きるか死ぬかの此の一大事に、車が走ります、飛行機が飛びます、だの、そんなバカバカしい文明の価値観に付き合う間もなくみんな死んじまう。


だから皆死んじまうんだわ!



もう今すぐに皆死んじまうと云うのに数式がどうのこうのだと、また営業成績がどうのこうのだと、はたまた結婚するだの離婚するだの、さらに國同士でもめごとをしたり、また電気自動車がどうのこうのだの、リニやカーが時速五百キロで走るだの何だのと、そんなものならリヤカーの方が手押し手引きでもってしてずっと安全しかも確実で、兎に角そんなバカ価値観の集積にこそ生きる我等が皆バカで、まさに反省の無い誤りの価値観のカタマリでもってしてかの日本の文明はくるりくるりん回って御座る。



だからさうした価値が全部通じなくなるのである。

合理主義ばかりか、人文主義即ち宗教も哲學も歴史も何もかも役立たずとなる。


要するに観念其れ自体が消失するに至る。

ところが本能と言ったって、兎に角もう水は無いわ、食い物は無いわ、さらにあらゆる新製品の供給が滞り要するに資本主義自体が其処に止滅することだらう。


だから物欲どころか遥かに其れ以前の欲、其れも兎に角生存欲のみでの話。


嗚呼まさに生きるか死ぬか、しかも食うか食われるか、おまけにドンドンドンドン雨が降る、ドンドンドンドン風が吹く、またドンドンドンドン暑くなる、ドンドンドンドン人が死ぬ。




無論もはや外へは出られない。
左様外出すること自体が死に直結して居やう。



そんな有様でブンガクもクソもあるか!
そんな有様で宇宙移住もクソも無いわ!

そんな有様で学校もクソも無いぞ。
そんな有様で仕事なんぞして居る奴はキの字だ。
そんな有様で成人式だ?結婚式だ?作家の講演会だ?何だそんなもん、行ける訳がねえだらう、兎に角もう焼け死ぬ一歩手前なんだぞー。


だからそんな風にはならないやうにと詩人は忠告を重ねて来て居たのです。
そんな風にならぬやう自然を敬い神仏を直視しつつ人間は生きて行くべきであるといつもさう申して来て居りました。