目覚めよ!

文明批判と心の探求と

もう夏休みなのに何故か雷雨ばかりだ


日本の気候変動とその影響
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/rep130412/pamph_full.pdf#search='%E6%B0%97%E5%80%99%E5%A4%89%E5%8B%95+%E9%9B%B7%E9%9B%A8'



今人間にとっての本質的な問題とは精神の破壊のことであるとわたくしはずっと述べ続けて来て居る。


だから其の精神の破壊を食い止める為には哲学や宗教の次元での思考が是非必要であるとそう述べて来て居るのである。



そういうのは本来ならば社会、国家の単位で為されなければならないのだけれど、自己矛盾的に諸の悪を加速させつつある人間の単位ではもはやそうした方向性を見つめて行くことは極めて難しい。

要するに全体でもって赤信号を渡る奴等には其の行いの是非を問う能力も与えられないのだしかつ其れを否定する能力があったににせよ全体を否定することなど出来やしないのだ。

だからまさしく其れが全体主義である。


其れでもってむしろ個々の単位で其れを行う必要があるということをまさにわたくしは此処で述べて来たのであった。



尚近代に於ける諸権利の追求、自由に就いては其れが行き過ぎたものであることは明らかなのだけれど、他方では個としての精神の自立性を確保する為には全体主義に背を向ける意味での人権の擁護が是非必要ともなろう。



が、精神の破壊とは其れは人類にとってはまたとてつもなく大きな問題なのでひとまずは考えないこととしてみたい。




何で精神の破壊が齎されるのかということに関してはおそらくは様々な学説や理論が組めそうなものだがそんなものを組んでみたところで状況が改善されるという訳でもないことだろう。






では今何を一番の問題として捉えなければならないのかということに関してはむしろ其れを考え過ぎてはいけないということがまず一番初めに挙げられるのである。


勿論考えるのだがあくまで考え過ぎず、其処でただ感ぜよ。


そうだ、感ずるのだ、其の己の五感をフルに駆動しつつ。






すると、其処でどうもこれはヤバいという実感がまずひとつ出て来た。


勿論淫行の横行や虐殺の横行、宗教戦争の勃発など人類の精神の破壊の分野での問題が噴出して居り其の面ではまさにまったなしのところに追い込まれて居るのではあるが実は其れよりも恐い何かがヒタヒタと此の文明社会に迫り来ていたのだ。


其れが即ち気候の破壊である。






先日わたくしは幼い頃に体験した夏休みのことを述べた。


では其の体験とこの夏とはどこが違うのだろうか。



かっての夏は夏休みになるとまさに夏らしい夏として訪れたものであった。


其処では決まって雷雨があり、其れが梅雨が明ける知らせだった。




然し今年、梅雨が明けた筈だというのにこの地方ではずっと曇天が続いて居た。


其の後は夏らしさも戻ったがどうもひとつだけおかしいことがある。



兎に角雷雨が多いのである。


たとえカンカン照りの日でも、午後になると俄に曇って来て雷が鳴る。


其れもそんなことが継続的に続いて居るのである。



だからそんなのはおかしい、まともな夏休みの天気ではない、これでは夏休みを安心して遊べない、とそのやうにわたくしの中の童心が頻りに訴えかけて居るのである。





気候変動の問題は基本的に不可視であり不可知である領域の問題である。


あくまで我々個人にとっては。



其れは大きいものの中でも最も大きい部類での問題なのである。


なので其れは究極の問題だ。


対して人類に於ける精神の破壊の問題はあくまで精神的な次元での大問題である。



そして物質的、物理的な次元での大問題がこの気候変動の問題なのである。



然し、一見バラバラのように見えるこの二つの大問題を引き起こす根拠乃至は原因はひとつである。


其れが即ち過度な欲望の追求による近代という合理精神が齎す破壊ということに尽きて居よう。




重要なのは今其の破壊がこうして事実として認識されるということなのである。


然し本質的には其の認識に於いて個々がどんな反応を示すかということこそが大事だ。




この破壊に於いてそんなものは我関せず位に思って居るいい加減な奴はやがて地獄へも墜ちよう。


ところがこの破壊を究極の破壊としてしかと認識しまるで我みたく環境、環境と騒いで居る御仁もまた地獄へ墜ちるのである。



前者はアホの罪でもってして地獄へ墜ち、後者はバカの罪でもってして地獄へ墜ちる。



いずれにせよ地獄へ墜ちるのは変わらないので楽な方が良いかと考え我関せずを貫くと今度こそ本当に地獄へ墜ちる。


本物の地獄が其の考えない人を待って居るのである。



然し我の場合は、この世で考えに考えるという生き地獄を体験してから地獄へ墜ちるのであるから結局地獄へはいかなくて済む可能性もまた少しは残されて居る。





だから現世に於いてはトコトン悩む位で丁度よろしい。


太宰のように安吾のようにまたは漱石のように実存を実存として深く悩みかつ苦しむのだ。


またかのベートーヴェンのように生を苦悩せよ。


或はかのニーチェヘルダーリンのように、またあのゴッホのように気が狂うまで考え続けよ。





此の世で苦しんだ人こそがむしろ救われるのである。


うんにゃ、結局救われなどはせぬが、同じ地獄に堕ちるにせよ其の墜ち方が異なるとそう申して居るのである。




問題を直視する→生き辛くなる→逆に精神的に浮かぶ瀬も出て来る ただしやり過ぎると発狂することは避けられない だが別に発狂して自殺したとしても何ら問題はない あくまで其れは清められてあの世へ渡るということなのだから


問題を見ない、忘れる→楽に生きられ皆と繋がって居られる→逆に精神的には死ぬ→皆と一緒に兎に角赤信号でも道路を横断する→結果死後ロクなところへはいけなくなる 概ね地獄へ墜ちると考えておくべきだろう






という訳で生きて居るうちに問題をむしろ真正面から捉え死の瞬間まで其れにつき考え続けるべきだ。


それでも人間であることの罪から免れることは出来ず結局我々は全て地獄へと墜ちよう。



其れでも清められつつ地獄へ墜ちるか、ドロドロの状態で地獄へ墜ちるかという大きな差が其処には生じて来よう。






環境の問題は、元より個人レヴェルでは如何ともし難い次元でのものだ。


環境は保護すればする程人間が逆に圧迫されることとなろうし、人間が繁栄すればする程に環境は圧迫、破壊され滅びへの坂を転げ落ちていくことともなろう。



つまり生とは自己矛盾そのものである何らかの現象のことなのである。


精神のある人間、即ち心ある人、人間は其の自己矛盾性そのものと闘う場としてこの現在が設定されて居るのである。



人間の究極の目標とは、皆がこの境涯に至りこの世界の本質として設定されし自己矛盾過程を超克せしめていくことこそにある。


其れは別に何教の範囲でも構わないのであり、だから何教徒だろうが意識の高い人は皆同じようにそうした自己矛盾過程の超克の場としての現在を生きて行くのである。


或は宗教とは直接関係なくとも、藝術家や学者の様にそれなりに自己矛盾過程を超克せしめていく闘いを続けて居られる人々なども居られる。







気候変動2013:自然科学的根拠
気候変動に関する政府間パネル
第5 次評価報告書
第1 作業部会報告書
政策決定者向け要約
気象庁訳(2015 年12 月1 日版(IPCC 正誤表反映版))
http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/ipcc_ar5_wg1_spm_jpn.pdf




1.気候システムの温暖化には疑う余地がなく、また1950 年代以降、観測された変化の多くは数十年から
数千年間にわたり前例のないものである。大気と海洋は温暖化し、雪氷の量は減少し、海面水位は上昇
し、温室効果ガス濃度は増加している(図SPM.1、図SPM.2、図SPM.3、図SPM.4を参照)。



2.地球の表面では、最近30年の各10 年間はいずれも、1850年以降の各々に先立つどの10 年間より
も高温でありつづけた(図SPM.1を参照)。北半球では、1983~2012年は過去1400 年において最も
高温の30年間であった可能性が高い(中程度の確信度)。



3.海洋の温暖化は気候システムに蓄積されたエネルギーの増加量において卓越しており、1971年から
2010年の間に蓄積されたエネルギーの90%以上を占める(高い確信度)。1971年から2010年にお
いて、海洋表層(0~700 m)で水温が上昇したことはほぼ確実であり(図SPM.3 を参照)、また1870
年代から1971年の間に水温が上昇した可能性が高い。


4.過去20 年にわたり、グリーンランド及び南極の氷床の質量は減少しており、氷河はほぼ世界中で縮小し
続けている。また、北極域の海氷及び北半球の春季の積雪面積は減少し続けている(高い確信度)(図
SPM.3を参照)。


5.19世紀半ば以降の海面水位の上昇率は、過去2千年間の平均的な上昇率より大きかった(高い確信
度)。1901年から2010年の期間に、世界平均海面水位は0.19 [0.17~0.21] m上昇した(図
SPM.3 を参照)。


6.大気中の二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素濃度は、少なくとも過去80万年間で前例のない水準にまで
増加している。 二酸化炭素濃度は、第一に化石燃料からの排出、第二に正味の土地利用変化による排
出により、工業化以前より40%増加した。海洋は排出された人為起源の二酸化炭素の約30%を吸収
し、海洋酸性化を引き起こしている(図SPM.4 を参照)。


7.放射強制力の合計は正であり、その結果、気候システムによるエネルギーの吸収をもたらしている。合計
放射強制力に最大の寄与をしているのは、1750年以降の大気中の二酸化炭素濃度の増加である(図
SPM.5 を参照)。





8.気候システムに対する人間の影響は明瞭である。これは、大気中の温室効果ガス濃度の増加、正の放射
強制力、観測された温度上昇、そして気候システムに関する理解から明白である。


9.第4次評価報告書以降、気候モデルは改良されている。モデルは、20世紀半ば以降のより急速な温暖
化や、大規模火山噴火直後の寒冷化を含め、観測された地上気温の大陸規模の分布や数十年にわたる
変化傾向を再現している(非常に高い確信度)。


10.温度変化、気候フィードバック、及び地球のエネルギー収支の変化に関する観測やモデルによる研究が
総合されて、過去及び将来の強制力への応答としての地球温暖化の大きさについての確信度を与えて
いる。


11.気候に対する人為的影響は、大気と海洋の温暖化、世界の水循環の変化、雪氷の減少、世界平均海面
水位の上昇、及びいくつかの気候の極端現象の変化において検出されている(図SPM.6、表SPM.1 を
参照)。人為的影響に関するこの証拠は、第4 次評価報告書以降増加し続けている。人間による影響が
20 世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的な原因であった可能性が極めて高い。


12.温室効果ガスの継続的な排出は、更なる温暖化と気候システム全ての要素の変化をもたらすだろう。気
候変動を抑制するには、温室効果ガス排出量の大幅かつ持続的な削減が必要であろう。


13.21世紀末における世界平均地上気温の変化は、RCP2.6 シナリオを除く全てのRCP シナリオで1850
年から1900年の平均に対して1.5℃を上回る可能性が高い。RCP6.0 シナリオとRCP8.5 シナリオで
は2℃を上回る可能性が高く、RCP4.5 シナリオではどちらかと言えば2℃を上回る。RCP2.6 シナリオ
を除く全てのRCP シナリオにおいて、気温上昇は2100年を越えて持続するだろう。気温上昇は年々か
ら十年規模の変動性を示し続け、地域的に一様ではないだろう(図SPM.7、図SPM.8 を参照)。





14.21世紀の間、世界全体で海洋は昇温し続けるであろう。熱は海面から海洋深層に広がり、海洋循環に影
響するであろう。


15.21世紀の間、世界平均地上気温の上昇とともに、北極域の海氷面積が縮小し厚さが薄くなり続けるこ
と、また北半球の春季の積雪面積が減少することの可能性は非常に高い。世界規模で氷河の体積は更
に減少するだろう。

16.21世紀の間、世界平均海面水位は上昇を続けるだろう(図SPM.9 を参照)。海洋の温暖化が強まること
と、氷河と氷床の質量損失が増加することにより、全てのRCP シナリオについて海面水位の上昇率は
1971年から2010年の期間に観測された上昇率を超える可能性が非常に高い。





17.気候変動は、大気中の二酸化炭素の増加を更に促進するような形で炭素循環過程に影響を与えるであ
ろう(高い確信度)。海洋の更なる炭素吸収により、海洋酸性化が進行するであろう。


18.二酸化炭素の累積排出量によって、21世紀後半及びその後の世界平均の地表面の温暖化の大部分が
決定づけられる(図SPM.10 を参照)。気候変動の特徴の大部分は、たとえ二酸化炭素の排出が停止し
たとしても、何世紀にもわたって持続するだろう。このことは、過去、現在、及び将来の二酸化炭素の排出
の結果による、大規模で数世紀にわたる気候変動の不可避性訳注Mを表している。






気候変動に関する懸念の問題とは畢竟其れは我々人間と文明に突き付けられし自己矛盾性の問題である。

そうした本質領域へまで問題が遡っていかざるを得なくなる時、今を我々は歩んで居るということなのである。


従って気候の破壊は問題の次元を飛び越え人間といふ精神的でもある存在の本義を問う部分にまで達していくのである。

平たく言えば今まさに環境を破壊しつつあるのは誤った方向性を持つ近代の思想の誤りであり其れを何ら疑問を持つことも無く奉じ続けて来た我々自身の精神の低級さ、拙さ自体に問題が存して居るのだと言えよう。




なので今人間にとっての本質的な問題とは精神の破壊のことであるとわたくしはずっと述べ続けて来て居る。


だから其の精神の破壊を食い止める為には哲学や宗教の次元での思考が是非必要であるとそう述べて来て居るのである。