目覚めよ!

文明批判と心の探求と

目覚めよ!-16

 
 
あの漱石神経症だったことと思われるが、我も多分その神経症なのだろう。

だが私は自分が病気ではないと思っているのでそんなものは無論病気のうちには入らないのである。

病気なのはむしろ現代文明の方なのであって、そちらの方の自己診断を是非やって頂きたいものである。

それも国際レヴェルでの真面目な自己診断を是非やって頂きたいものである。

国連の機関などに是非そうした部門を作ってかのローマクラブみたく真面目に現代文明の倒錯振りを自己申告して頂きたいものである。


然し時折うつ病になっているのではないだろうかと自分で思うことがあるのでチェックをしてみることとした。

1.まずうつ病は仕事熱心、こり性、生真面目、几帳面、正義感・責任感が強い、という性格傾向の人がかかりやすい病であるとのこと。

そこで自己の性格を分析してみると、まず仕事不熱心、正義感無し、責任感無し、の点でこれには当てはまらない。

もっとも仕事の上で上辺だけは仕事熱心、正義感・責任感が強い、ということを演じているということはある。

が、それは明らかに本当の自分では無い嘘の自分のこと。虚偽、偽りの世界でのことだから矢張り当て嵌らない。


こり性はこり性だが色んなマニアに比べたら全然大したことはない。
そう我は断じてマニアなどではない。
完全なマニアで居られるほどに現実味のある夢想家ではないということ。

一方で我は夢想家の自称詩人なのではあるが、自称詩人は夢想家と相場が決まっているものなのでその事実自体には何ら問題は生じない。

ところで生真面目と几帳面は同じことのような気がするが違うのだろう
か。
まずそこが気になった。

確かに我は一面で生真面目であり几帳面でもあるが同時に不真面目でもありダラダラなのでもある。

要するに意外にだらしがないところもあってその点ではむしろ無頼派である。

以上の点を鑑みるにうつ病にかかりやすそうで居て案外かかりにくい性格なのではなかろうかとの自己診断を下すに至った。


2.お次はチェックシート

何もやる気が起こらないー× 諸に於いて結構やる気満々

ダイエットもしていないのに体重が減っていくー× ダイエットしようとしているのに体重が増えていく

眠れない、朝早く目が覚めてしまうー ○ ただし不眠症なのは高校生の頃からでそれがすでに長い

死んでしまいたいと思うことがあるー○  ある。あるのが当たり前。その逆に物凄く生きたい、120歳まで生きてみたいと思うこともある。これもあるのが当たり前。

理由もなく涙がとまらないー×  理由があって涙がとまらない。最近世の中が変わっていくことに対して涙を流すことが多い。

何をしても罪悪感や自分を責める気持ちが強いー× ほとんど自分は責めない。その代りに現代文明の方を責める。そんな典型的に嫌な奴だ。

良いことが起きても喜べない、喜怒哀楽がなくなるー× 良いこと自体が余り無いがもし良いことがあればそれは滅茶苦茶に嬉しい。左様に結構喜怒哀楽が激しい。

周囲の人に「大丈夫?」と心配されるー× まだそこまでは行っていない。

動作が遅くなる、口数が少なくなったー× まだそこまでは行っていない。口数は生まれつき少ないが実はそれも嘘で喋り始めると24時間は喋り続けられる、本当に。

今までの趣味に興味がもてなくなってしまったー× むしろ今までの趣味により一層興味が出てきてしまい困って居る。

毎日がつまらないー○ 毎日がつまらないと思うことはある。だが自分の好きなことをやっている時はつまらないとは思えない。そればかりか何かを批判していること自体が楽しい。

交友関係が減っているー × ーのかもしれないが新たな関係も出来つつあるので×。

夫の行動など過剰に疑いの目をもってしまうー× 夫は居ない。

ヒステリーに八つ当たりして落ち込むことがある。常にイライラしてい るー× 妻は居ない。

夕食のメニューや外出時の服装など、決めることができないー× むし ろそれらを即決するタイプだ。

集中力・注意力がなくなったー× その逆で集中力が凄く高まって来て居る。特に最近は。注意力がいまひとつなのは昔からで意外なところが抜けていたりはする。

状況をすぐに人のせいにしたくなるー ○ 状況をすぐに社会のせいにする。現代文明はその根っこの部分が悪いので是非誰かに何とかしていただきたいと思って居る。

自分のことを理解してもらえていないという不安・不満が強いー× 理解されないことだろうと初めっからそう思って居るので理解されなくて も何とか我慢が出来る。昔からそうだった。

無視をされていると感じるー ○ ただし昔から人に好かれるようなタイプの人間ではないことは分かっているのでそこはどうあろうと別に、という感じである。また無視をされていることばかりではないのでそうした分野でその無視の分ーちょっと変わっている点だとかーを補って注目されれば良いのではないかと思って居る。


という訳で結果的に結構当てはまって仕舞ったのだが果たして我はうつ病の範疇にあるのだろうか?

それは分からん。

何せお医者様が判断して下さることなので。


だが気になる点がひとつある。

うつ病というのは確かに病いなのだろうしふざけた態度で扱うべきものでは断じてないものである筈だ。

然し、それとは別に人間というものはいつも決まって前向きで明るく未来を信じてーつまり今日よりも明日の方が良くなっているということを信じてーいなければならないものなのだろうか。


たとえば我が国でもその歴史を紐解けば、世相が無茶苦茶に暗い時代というものは屡あり、そこでは大勢の人が餓死したり大勢の人が斬り殺されたりして、はたまた大地震は起きるわ、大津波は来るわで、全く未来も何も無い、その日その時その瞬間のみを生きることでさえ難しいご時世が存在していた訳である。

いや、人間とは本来そうしたものなのではなかったか。

どこの国でも、どんな時代でも、この世を生き抜くということは大変なことだった筈である。


それが、一体いつからこんなに簡単に、或いは当たり前に現在という生の瞬間が人間に対して保証されて仕舞うこととなったのだろうか?

いや、確かに現代人から見ればそれは悪いことではあろう筈がない。

確かにそうであるからこそ現代に於ける諸の価値が、その近代的な諸の価値観というものは成立している筈なのである。

然し、その価値観を成立させる為に文明は無理をして来て居るのではないだろうか?

自然に対しても、人間に対しても、無理を重ね過ぎて来て居るのではなかったか?


その無理が何の為になされたのかといえば、要するにそれは今日よりも明日の方が良くなっているということを信じて歩んでいくことだろう近代以降の歴史的価値観の為にそうなって仕舞って居るのではなかろうか。

そうした進歩史観には正直言って疑問が山ほどあります。                                              2013/05/08(水)