目覚めよ!

文明批判と心の探求と

目覚めよ!-14

 
 
Wikipedia-中島義道
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E7%BE%A9%E9%81%93

私が今読んでみたいと思って居るのは哲学者の中島 義道氏の著作物である。
この方は謂わば型破りな哲学者で、まさに型破りな青年期を過ごされ、その後は哲学者、作家としても随分型破りな発言を多くされて来て居るようだ。

2008年からは自宅近くでニーチェやカント、さらにサルトルなどを題材に哲学講義を行って居られるそうである。

この方が私の地元の新聞にニーチェのことを述べて居られたのでそのことについて少し考えてみたい。

その中島氏によると、最近流行りの甘口のニーチェ解釈には違和感があるのだそうだ。


ニーチェの思想の根本には『「超人」候補者以外の弱者には生きる価値がない』とする一種の選民思想が存して居り、其れは弱者つまり庶民の為の甘口の思想ではないと中島氏は語る。

平等だの、基本的人権だの、平和主義だの、そうした弱者の拠り所として機能する近代的な概念は多分そこでは全否定されていてしかるべきものなのだろうから。


実際ニーチェの思想は後のナチスに利用されている。

ナチスの優生思想はニーチェの超人思想を下敷きにしているとも考えられそうだ。

Wikipedia-
ナチスドイツにおける優生政策
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%84%AA%E7%94%9F%E5%AD%A6#.E3.83.8A.E3.83.81.E3.82.B9.E3.83.89.E3.82.A4.E3.83.84.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E5.84.AA.E7.94.9F.E6.94.BF.E7.AD.96


また、現実のニーチェは「超人」とは対極的な人格を持つ俗物であったというようなことをそこで述べられている。

私もそれは感じない訳ではない。

だがその俗物が吐いた理想論としての超人思想には限りない魅力を感じて仕舞う。


けれどニーチェのことはもうその辺でいい。

それよりも件の中島 義道氏のことである。


尚この人、日本人のメンタリティということに関して、とても鋭い意見を述べられている。

曰く、日本人は自発的に言論統制し良いといわれている方向に皆で向かう。

また自ら価値判断を行わない。つまりどんな悪でもいったん良しとされるとその価値観に対して疑いを持たない。

私はそういうのが嫌いだ。

というようなことを述べて居られる。


ちなみに私もそういうのが大嫌いなのである。

日本人の精神の方向性が異様に事なかれ主義なのは、多分将来に於いて本質的な不利益を日本国民に齎すことだろう、とそう考えて居る。


そうなのだ、文化力や科学力の水準は高いが一歩間違えば集団的な自己統制に陥り易い民族が日本人だと言えやしないか。


其の、異様なまでに戦いや対立を避けるという点。

組織の中で皆一色の色に染まって仕舞い易い点。

世に曰く、「青信号、みんなで渡ればより楽ちん」、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」

などの点が危ない。


元よりそうしたメンタリティが日本人に醸成されたことには訳があり、 それは日本人が農耕民族だったということに尽きているのだろう。

然し、元々狩猟民族から生まれた近代文明を日本人は受け容れざるを得なかった訳だ。

ところがどうも精神の方はどう考えても追いついて居ないようなのである。

いや、追いつく、追いつかないということではなく、日本人の頭の中のあり方は元来近代文明に向いたものではなかったのである。

そこでは謂わば日本人は近代的な自我意識を持って居るようでいて実は持って居ないのではなかろうか。


近代的な自我意識というものは必然的に戦いや対立を引き起こすものである。

ところが欧米人は元々内発的な近代化を推し進め今があるのだからそこには何ら問題がないのだと言える。

彼らは戦いや意見や思想、宗教の対立にだって慣れて来て居る。



だが我々日本人は真の意味でそうした体験を重ねて来ては居ない。

無論かっては度々戦争をやって来て居るのだし、その外見だけはいかにも近代化された民族であるようには見える。


でもその頭の中は本当に近代化されて来て居るのだろうか?

其の近代化ということは、平等だの、基本的人権だの、平和主義だの、 近代国家の国民の拠り所として機能する近代的な概念の獲得のことではなく、意見や思想、宗教の根本での対立に慣れて来て居るのかどうかというただそれだけのことなのである。

その分野での争いを避け近代的な自我の確立の根っこの部分を曖昧にして来た日本民族の未来や果たしていかに?


ー畜群ー

「超人」を理想とするかのニー チェが指摘した、集団から突出することを恐れる人間の特徴。

囲われた群れから孤立することを嫌い、欲望を抑えて、利他的に努める性質のことを言う。     
2013/04/25