目覚めよ!

文明批判と心の探求と

目覚めよ-8

 
 
さていちいち空気を読んで生きなければならないのが現代社会の特徴である。

大は国家から小は学校や家庭の単位に至るまで、兎に角すべからく今そこに属している組織のご機嫌を窺いそれに合わせて生きていかなければならないのが現代社会の側からの強制であるように見える。

もっとも、かっての封建社会やさらに遡って原始的なムラ社会などでもある意味ではそれよりさらに共同体のご機嫌を窺って生きていかなければならなかった筈である。


しかし、そこでは何かが違うようにも思う。

かっての人間の社会は今よりもう少し解放されるところがあったようにも思う。

たとえばかって自然は今よりも手つかずで豊かであった筈で、その自然の力から癒される部分も案外大きかった筈である。

その自然が時に暴虐の牙を剥きムラに襲いかかることが屡であったにしてもである。

また現在よりもスローペースであった生活は人々に心理的な余裕を与えていたとも言い得るのである。

また封建社会で雁字搦めに見えても他に解放されている部分が多々有り、実は現代社会ほど雁字搦めではなかったのではなかろうかというのが最近の私の考えなのである。


ところで最近いじめの問題が大きく取り上げられたりもしている。

その問題については私がかって塾の先生だったこともあり元々興味がある。

また私が近年推し進めている現代社会批判という面から見ても大きく興味がある。


私は、いじめの問題は社会の病理の問題だと捉えている。

それはおそらくは学校単位の問題ではないのだ。


いじめなんていうのは、大昔からある。

私も小学6年生の時に私のクラスにいじめがあったのを良く知っていたがそこでは見て見ぬふりをしていた。

それに今から思うといじめに参加していたと思えるようなことさえあったのだし、自らに詩心が発生して変わり者=反体制的人間となってからはその逆にいじめを受けたと思えるようなことさえあったのである。

だから私にはいじめをする側といじめられる側の両方の気持ちが何となく良く分かる。


だが問題はムラ八分的な所謂古典的ないじめ問題とは別にそこに極めて現代的な、現代社会の病理を表すようないじめが組織的に社会に浸透して来ていることなのである。


たとえば今の子供たちの生活の実態を貴方はご存知だろうか。

彼らは小学生の頃からケータイを持ち、それで常に互いに交信をしているのである。

それも所謂ー空気を読むようなー交信を繰り返すのだそうだ。

無論そこにはもっと単純な意味での挨拶という意味あいもあるのだろうが、そればかりではなく常に友達関係における順列や共通の話題を確かめるためにそれを行うのだそうだ。


だが其れは、全くのところアホらしい。

我々が子供の頃は外でキャッチボールをしたりメンコやらビー玉やら日本酒のビンの蓋など変なものを集めるのに夢中で全然そんなこと考えていなかった筈だ。

人間関係でそこまで雁字搦めにされていたらそりゃどこかで爆発したくもなりますわな。

結局解放の部分が無いのだ。解放の部分が。

それが人間にとっては大事である。

すべからく管理されることは、実は暴力に等しいほどの圧迫感を人間の
心に与えることだ。
 
結局其処では学校自体というよりもより大きな単位で社会的に管理されて居るのである。
 
現代の子供は、本来なら携帯など要らない筈であるのに其れを持たねばならい、必ず持つべきであるという通念がいつのまにか醸成され、また其の事は正しい科学技術の発展により齎されて来て居ることなので其処に何らの疑問も持つことなく其の通りに携帯を持たなければならない。
 
また友達からメールで連絡が来たら即返事を返すのである。そうしないと無礼に当たるそうだからいつもメールが来ることを気にして居なければならない。
 
其処では謂わば現代が齎すところでの社会の常識というものに振り回され雁字搦めに管理されて居るのだが現代人は我慢強い人が多いのか文句ひとつも言わずセッセとそうした刹那のコミュニケーションを楽しんでいる。
 
実は其れこそは管理なのだが、自分ではおそらくそのようには思えなくなって仕舞って居るのだろう。



尚、私が通っていた中学校の後輩に内藤君という子が居てこの子が後に名の知れた学者となったのである。
 
彼は社会学者となり、今は明治大学の准教授となっていて、かの東京大学でも講師を務めている位である。

またいじめ問題に関する研究の第一人者となっており、それに関する著書なども多数あるという。

もっとも私は彼の本を一冊も読んでいない。


Wikipedia-内藤朝雄
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E8%97%A4%E6%9C%9D%E9%9B%84

彼はかって私の自宅から一キロ位離れたところに住んでいた筈である。

お父様はたしか大学の先生だった筈だ。

上では東京生まれとなっているが、実はここ名古屋市育ちである。


彼は県立の高校へ進んだがそこで当時愛知県に特有に存在していた管理教育の洗礼を受け結局その高校を退学した。

Wikipedia-管理教育ー愛知県
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%A1%E7%90%86%E6%95%99%E8%82%B2#.E6.84.9B.E7.9F.A5.E7.9C.8C


その後彼はほとんど独りでその管理教育と闘っていた。

人通りの多い駅前などで管理教育を弾劾するビラを配ったりしてまさに孤軍奮闘していた。

私は私で学校については色々と悩んではいたが、彼ほどのエネルギーが無いのと、文学の方で読まなければならない本が沢山あるしでとてもそんなことはやっていられなかった。

また大学受験を間近に控えていたので内藤君の味方をしている心理的余裕は無かったのである。


そんな彼はしかし、その後世に出たのである。

管理教育を行っていた高校の教師達を遥かに凌ぐ高名な大学の先生になったのだ。

彼は偉い。
彼の根性から学ばなければならないことが私には山ほどある。
     
内藤朝雄HP
http://d.hatena.ne.jp/izime/
                                                                                         2012/12/16