目覚めよ!

文明批判と美と心の探求と

日記

実質的な人間の値打ちとは?

いまやわたくしにとり行きつけの書店である七五書店でもって何ぞマニアックな本は出て居ないものかと探して居りましたところたまたまこんな物が出て参りました。 天皇陛下にささぐる言葉 単行本 坂口 安吾 何せペラペラの小冊子ですのでもしや配っておるのか…

いのちの声 中原中也 より

山羊の歌 中原中也 いのちの声 もろもろの 業(わざ) 、太陽のもとにては 蒼(あを) ざめたるかな。 ―ソロモン 否 何(いづ) れとさへそれはいふことの出来ぬもの! 手短かに、時に説明したくなるとはいふものの、 説明なぞ出来ぬものでこそあれ、我が生…

老いても怒りを燃やせ 終わりゆく日に

個人的に人間の本性をまさに顕わにするのがSF作品の本質だと思って居る。 SF作品にもかねてより色々とあり其の内容の種別としては楽観的なものから悲観的なものまで様々にある。 然し最近のSF作品に限れば以前の如くに楽観的なものは創れなくなって来て居る…

「インターステラー」は長い映画ながら良く出来た映画だった

インターステラー 久し振りに良いSF映画を視ることが出来嬉しかった。 アマゾン会員ならば字幕版と吹き替え版の二本立ててで視聴出来ます。 インターステラーー内容はこちらで 次回にまた詳しく論じますが単なるHIRO物SFではなく最終的には愛の力で…

好きな安吾ー弐ー

文士の時代 (中公文庫) 何故か持って居らず最近買った本ですがとりあへずは文學好きにとりたまらなひ本です。 写真家の林 忠彦による坂口 安吾や太宰 治や織田 作之助と云った無頼派の文士の写真の数々と当時のエピソードが盛り込まれて居ます。 かの三島 由…

好きな安吾ー壱ー

さて坂口 安吾なんですが特に玄人筋ー作家連中ーの方々には好まれて居りかつ評価の高い作家なのだとも言へやう。 かの五木先生なども確か安吾は良い、などとされて居たことかと思われる。 でも坂口 安吾の作品は結構とっつきにくいのではないでせうか。 可成…

春と破壊

社会はまた常に同じものを求める。 何故なら社会とは意識なのだから。 対する藝術やら宗教やらは感覚方面へ振れたところでの意識なのだらう。 社会の意識即ち社会的自我は最終的にデジタルの領域へと進んでいくことだらう。 ところが人間の肉体は依然として…

再度『遺言。』より

そのとき、眼が覚める。私は涙を流している。眠りの中の夢と、現実がつながっている。気持がそのまま、つながっている。だから、私にとってこの世の中の現実は、眠りの中の夢の連続でもあり、また、眠りの中の夢は、そのまま私の現実でもあると考えている。 …

中原には甘え三島には酷評された太宰 治

尚作家同士には所謂犬猿の仲と云うものが屡存在したとへばかの三島 由紀夫などはかの太宰 治を滅法嫌って居たのださうです。 またかの中原 中也と太宰 治の関係も最悪で太宰は中原からいつもバカ呼ばわりされしかしながらさうまでコケにされつつも常に太宰は…

理系をまずは正論にて批判してみる

ところで其の二元的展開のうちでの理系と文系の差と云うものは一体何処にあると云うのでせうか? わたくしは最近其れが気になって仕方がないのであります。 其の合理主義と人文主義の差とは一体何なのでせうか。 尤もわたくしは滅茶苦茶言って来て居る訳です…

さらに『遺言。』より

『遺言。』の中で養老先生が述べて居られることとは何か? 畢竟其れは人間とは何か?と云う問ひなのだと思われる。 ところで人間は何故人間なのか?と云う命題につき皆様は考へてみられたことがおありだらうか。 わたくしに限れば元々人間とは良いものではな…

矢張り「遺言。」より

養老先生は意識の中だけに住み続けるのは現代人の病であるとさう述べて居られます。 さて其の意識化過程=合理化過程とはまさしく社会的過程のことであります。 まさに個が集まり全体化することで其の社会的過程を生み出して居るのです。 此処で問題は何処に…

『遺言。』より

尚『遺言。』はすでに何度も読み返して居りますが感想としてはまさに一種哲学的な素晴らしい著作でした。 『遺言。』養老孟司さんメッセージ 養老孟司さん 時代への“遺言” ものごとを「意識」=頭で考えすぎ、目に見えるデータにとらわれるあまり、「感覚」…

地獄と極楽 ー唯識無境 無意識と云う不思議ー

実は釈迦が教説として述べて居るのは認識する主体自体の有無ではなく認識する主体を実体として規定せざるを得ない分別智に於ける虚妄としての非我のことなのでせう。 つまり我が無いのではなく眞の我に非ず、とさう述べられたのであります。 なので全部が空…

地獄と極楽ー何か分からぬものとしての母ちゃんの腹の中=大乗仏法ー

合理的であることが正しいことであるかどうかと云えば必ずしも其れはさうだとは言へずさりとて非合理領域はどうかと問われればまた必ずしも其れは正しひとは言へずでむしろ考へれば考へる程に余計に訳が分からなくなるのが此の世の実相であり本質なのだとさ…

地獄と極楽ー唯識無境 仏法としてのギリギリの闘いー

心とは何か、畢竟其れが此の世界の成り立ちの全てではないかと考へる仏教哲理の一派こそが唯識学派であったことでせう。 即ち心の本質を追求し此の世界が心的に組み合わされた現象世界であることを其処に示した。 ただし其の分析及び理論的構築はあくまで解…

地獄と極楽ー唯識無境 死んだらどうなる? 中道の論理からー

「こころの時代」 唯識に生きる①唯識の歴史と基本思想 唯識に生きる②自分とは何者か 唯識に生きる③唯識を〝体得〟する 唯識に生きる④深層からの健康 唯識に生きる⑤唯識の科学性 唯識に生きる⑥〝いのちの時代〟の到来 「中道」というのは、釈尊が「初転法輪(…

地獄と極楽ー唯識無境 弐ー

識の転変 その心の動きを「識 (vijñāna) の転変 (pariṇāma)」と言う。その転変には三種類あり、それは 異熟(いじゅく) - 行為の成熟 思量(しりょう) - 思考と呼ばれるもの 了別(りょうべつ) - 対象の識別 の3である。識の転変は構想である。それによっ…

アンドロイド観音「マインダー」の説法に感動す

アンドロイド観音「マインダー」お披露目 京都・高台寺 いや、いや、コレはむしろ素晴らしひ! ここまで自然に説法が出来しかも分かり易く前向きな内容での。 コレではもしやわたくしも負けて仕舞ふのではないのか。 わたくしはいつも暗くて難しひことを言う…

地獄と極楽ー唯識無境 壱ー

真理そのものを得ようともがくのではなく真理にはほど遠くなりし社会文明の様を嘆くのがわたくしの文學そのものですのでわたくしはむしろ真理と「闘ふ」のであります。 真理と「闘ふ」バカは聖人には居られませんので其のバカは即ち阿修羅、かの宮澤 賢治の…

つひに出た!アンドロイド観音

北政所ゆかりの高台寺にアンドロイド観音 開発費1億円 ロボットが般若心経を説法!アンドロイド観音『マインダー』に驚きの声 ロボット観音、ロボット薬師、ロボット神将だのもうこれからは何でも出て来まっせ。 しかもAI搭載で本職の御坊様よりも明解に…

地獄と極楽ー観念地獄から脱する法ー

所詮世界とは認識上の産物である可能性が高くよって事実上は各人の認識の質によりまた違ふものが見えて居るのでありませう。 男女差また知能や心的傾向により皆がバラバラに違ふ世界ー宇宙ーが感じられて居る可能性が高ひ。 たとへば其の地獄と云うのもあく…

地獄と極楽ー神滅神不滅論争ー

こんにちは、今まさに真理と闘ふ詩人です。 其れでは本日は霊魂が有るか無いかにつき是非論じてみたひ。 神滅神不滅 中国の六朝(りくちょう)時代(220~589)に霊魂(神(しん))の不滅をめぐって展開された論争の総称。中国に仏教が移入されて輪廻(りんね)応…

地獄と極楽ー自業自得の因果かなー

因果 善因には善果、悪因には悪果が訪れるという業の因果の法則が説かれている。仏教では、一切の存在は本来は善悪無記であると捉え、業に基づく輪廻の世界では、苦楽が応報すると説かれている。一切は、直接的要因(因)と間接的要因(縁)により生じるとさ…

コアなファンは願って居る、仏教の復権を

葬式はなくなる? 通夜なし、式なしの「直葬」選ぶ時代に どうのこうのと云うことではなく、今や合理的に構築された日本の社会に於いて他国に比しべらぼうに葬儀費用が高いと云うことが問題なのである。 葬儀費用が高くとも社会がまともに賃金を出して居ると…

地獄と極楽ー無常と云ふ地獄ー

平家物語 祇園精舎 「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風 の前の塵に同じ。 祇園精舍の鐘の音には、諸行無常すなわち…

地獄と極楽ー社会(内面)の地獄から逃れる法ー

其の直観によれば世界は合理化と云う業を担ひ其の合理的社会化が本質的破壊を齎す為人類は滅ぶ他無ひのであります。 合理的社会化は合理的内面化でもありよって文明の進歩と共に人間は必然的に非人間化されて行きませう。 外側での進歩でもって人間の精神が…

地獄と極楽ー直観による無分別智の構築ー

直観 「知の領域で持つ、推論など論理操作を差し挾まない直接的かつ即時的な認識の形式 直観は本能とは異なっている。本能は必ずしも経験的な要素を必要としない。直観的な基礎による見解を持つ人間は、その見解に至った理由を即座に完全には説明できないか…

地獄と極楽ー般若(大乗)の智慧ー

ひと言で評せば大乗仏教は原始仏教、小乗仏教の対概念を対象とする仏法の領域なのだと思われる。 原始仏教、小乗仏教が直球としての正論を吐くのだとすれば、対する大乗仏教は変化球、其れもグルグル曲りくねったりストンと下に落ちたり要するに目を眩ませる…

地獄と極楽

「人生は地獄よりも地獄的である」 芥川 龍之介 芥川龍之介のアフォリズム 「人間的な、余りに人間的なものは大抵は確かに動物的である。」 其の動物的である本質がぶつかり合えば必然として其処に地獄の様が生じやう。 従って地獄とはあくまで地獄のやうな…